2017
05.17

臨床のワンフレーズ(19):何もないのは平和のしるし

Category: ★精神科生活
 色んな精神疾患がありますが、寛解をキープしていると診察で特に話題にすることが無くなってきます。

自分「いかがですか?」
患者さん「特に変わったことはないですねぇ」
自分「お元気に暮らしてらっしゃる」
患者さん「はい。もうすっかり」

 こちらが「この患者さんは元気にやってるなぁ」と想像できるような時は、基本的に患者さんはとても元気です。「変わりありません」と言われても何となく診察の場が淀むというか停滞するような感じが繰り返される時、患者さんは良い材料が見つからず低空飛行が続いているのでしょう。その時は以前のワンフレーズにあった”こころのお天気”などの比喩で変化球を投げてみると良いかもしれません。

 で、寛解で元気な場合、患者さんが「変わりないって毎回言うのも悪いなぁ…。何かないかなぁ」と考えることがあります。そうなると診察の場も緩やかではなくなるので、こちらから


自分「何もないっていうのがいちばん平和ですね」
患者さん「あ、そうかもしれませんね」
自分「お元気だったら、自信を持って、何もないって言ってください。平和のしるし」
患者さん「はい、分かりました」
自分「何かあったら、それはすぐに言ってくださいね」
患者さん「はい」


 こんな感じでお伝えします。「何かつくらなきゃ…」と焦ると、患者さんにとって診察が苦しく感じられます。「何もないことも大切な情報なのだ」と理解してもらうことが大事でしょう。もちろん、お薬を減らせる状況なら減らすので、診察ではその具合もお聞きすることになります(その果にはお薬ゼロ→終診もあります)。
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2017
03.20

昔を聞いたぞ

Category: ★精神科生活
 昨日から風邪をひきました…。今年に入ってもはや3回目。1ヶ月に1度ひいているという順調さ(?)を持っているようです。どうも今年はダメな気がする。

 さて、当直の時は、当直師長さんと一緒に病棟の見回りをします。個人的には、病棟に行くまでの間、そして帰る道すがらに色々と病院のことをうかがうのがちょっと楽しいです。もちろん話好きな師長さんの時に限りますが。そこで何十年と入院している患者さん(精神科病院では稀ではありません)の昔の様子が聞けたり、看護師さんの色んな体験が聞けたり。

師長さん「この病院も昔は夏祭りがあって、先生が診てる○○さんも着物を着て楽しそうにしててね」
自分「あら、そうなんですかぁ。今はお祭りないですもんねぇ」
師長さん「そうなんですよ。もっとみんなが楽しめるようなものが増えると良いんだけど」

師長さん「今は看護師が患者さんと一緒に外に行けなくなったけど、昔は一緒に映画を観に行ったりね、○○先生は一緒に喫茶店に行ったりしたのよ。楽しそうにしてね」
自分「え、○○先生がですか? いやーちょっと意外です」
師長さん「でしょ? つっけんどんに見えますよね。でも診察を見るととっても患者さん思いなのよ。だから○○先生は私たちも信頼してるんです」

 なんて話が出てきます。昔は良く言えばとてもおおらかであり、スタッフと患者さんとが一緒に出歩く、年末年始は一緒にお酒を飲む(!)、医局の冷蔵庫にはビールがあった(!!)、なんてこともあったと言います。他にも今では考えられないような出来事や、病院ならではのちとホラーな現象も。

 精神科病院は病院というよりも生活の場としての働きが強く、昔は上記の例のような”アソビ”が色濃くあったと言えるかもしれません。退院をあまり考えなかったからこそなのでしょうか。今は良くも悪くも”病院”であり、退院支援を積極的に考えるようになっています。昔ながらの患者さんにはそれがどう映るのでしょう。もちろん、どんなに生活の場という姿をしていても実態は病院なので、終の棲家としての立場は本来ならあるべきではないのかもしれません。何十年と入院していても、退院してみてびっくりするくらい地域でうまく暮らせる患者さんもいます。その一方で、頑として退院を拒否する患者さんもいます。ここは本当に難しい…。何十年と何も言われずに暮らしていて、いきなりここ数年で「退院」をチラつかされても困ってしまうのは頷けます。

 でも、どんな患者さんでも、”退院”という言葉を使います。「退院したい」「退院して家で暮らしたいです」「俺は退院させられるのか?」「退院だけはやめてくれ」など。生活の場ではあるけれども、患者さんが退院という言葉を発するということは、やっぱり病院は病院なのだなと思います。何十年と”住んで”いても、病院という認識なのでしょう。

 今の精神科病院は昔の姿を捨てねばならない時期に来ています(もちろん、地域もそれを受け入れる覚悟が必要です)。長期入院すべてが悪ではないのでしょうが、地域で暮らしてもらい、それを精一杯応援する義務と責任が病院関係者にはあります。それは患者さんにも少なからず影響を与えるでしょう。出来ることならば、その影響が良いものであるように、医療者は努力を最大限すべきなのだと思っています。
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2017
03.07

臨床のワンフレーズ(17):こころのお天気

Category: ★精神科生活
 患者さんの中には、自分自身の気持ちをうまく表現できない人もいます。特に子どもがそうですが、大人でももちろん。

 また、ちょっと膠着状態で患者さんの言葉も「別に…。変わらないです」くらいでそれからの広がりが出てこず、こちらが患者さんの世界をイメージしづらくなる時もままあります。こういう時は、患者さん自身も現在位置を見失っていることがありますね。

 そのような状況が続いた場合、ちょっとした比喩を用いると閉塞を突破できることがあります(絶対ではないですけど…)。

 例えば、激うつは抜けたけれど、なかなか今の状態がはっきりしてこない患者さん。実際にどのような感覚なのかを知りたい時に使ってみるのも良いでしょう。

自分「○○さん、前回の診察から1ヶ月ですけど、どうでした? その間何か」
患者さん「うーん。変わらないですね…。特に何も」
自分「良かったなぁということとか、困ったなぁということ」
患者さん「うーん、まぁないですかねぇ…」
自分「ちょっと変なことを聞きますけど」
患者さん「はぁ」
自分「○○さんのこころのお天気って、今どんな感じです?」
患者さん「こころの天気ですか…。そうですね、まぁ曇りですかね」
自分「どんな曇りかしら? どよーんとしたものか、うっすらかかっているのか、とか」
患者さん「そうですねぇ。もうちょっとで晴れてきそうだけど、だらだらと続いてるような」
自分「もうちょっとのところで停滞。雨は降っていないんですね」
患者さん「ですね。前は土砂降りでしたけど、今は雨が上がって、曇りが残ってるみたいな感じですかね」
自分「なるほど。晴れ間は見えてきそうで見えてこない」
患者さん「そうですね。もどかしい感じですね」
自分「もどかしい感じ。このまま待っていると晴れてきそうかしら?」
患者さん「いやぁ、どうでしょうね。晴れてきそうで晴れないっていうのが続いてるんで」
自分「待っていてもなかなか」
患者さん「そうなんですよね。確かに何か行動を起こさなきゃいけないですね」
自分「何か行動が出てくると、少し晴れてくるかも」
患者さん「はい」
自分「そうでしたか。良かったです、一定の目安が見えてきたので」
患者さん「そうですね。晴れるためには何かしないといけないですよね、すみません」
自分「いえいえ、何かするというのを見つけたのは○○さんですよ。そう思うこと自体が大きな一歩だと思います」

 ”こころのお天気”というフレーズで、患者さんも自分自身の状態に色んな思いを巡らせることができます。曇りや雨であっても、どんな曇りなのか、どんな雨なのか、そしてどうなって行きそうかなど、具体的で動的な感覚を得てもらいます。子どもであれば、ペンと紙を用意して話し合いながら描くのも有用でしょう。

 患者さんの状態をつかみかねている時や、ちょっと新鮮な風を診察室に入れたい時に使ってみると良いのではないでしょうか。そして、この比喩が合うような患者さんであれば、次回以降の診察もお天気を聞くところから始めてみると診察と診察につながりが出来てきます。
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2017
02.28

ガッテンはしてません

Category: ★精神科生活
 この前当直をしたら、運悪く(?)一睡も出来なくてですね、そこから睡眠リズムが大いに狂ってしまって大変でした。

 当直が終わった日はイヤに頭の中が忙しくて眠いけど眠くないような感じで、お昼寝できず。そして夜も寝られず、結局2時間くらいだったでしょうか。そして、その次の日も疲れているのに寝られないような状態となっていて、お昼寝できず。そしてまた夜も寝られず。色んな考えが頭の中をめぐるにいいだけめぐりまとまらず、過覚醒の状態。本を読んでも眼が滑るというか、字を追おうとしても追い越してしまうんです。

 このままにしておくとヤバいなぁと思ったので、その翌日はトラゾドン(レスリン/デジレル)を飲んでしっかりと寝るようにしました。それを3日続けたら神経の興奮も収まって、普通の睡眠リズムに復活。あのまま行ってたらどうなっていただろうかとちょっと怖かった(たぶん軽躁に入ってその後に鬱転していた)。さすがに2日連続で寝られず3日めも危ういのであれば、早めに介入したほうが良いかと思います。

 でもほんとうに残念なのが、若い時、研修医の時などは当直で徹夜してもパフォーマンスはそんなに落ちなかったんですけど(他覚的には落ちていたと思いますが)、まさかここまで衰えていたとは…。ま、若くても徹夜後は本人の気づかないところで注意力が落ちていますから、気をつけてください。

 ちなみに、自分が研修医の時は当直明けでも通常勤務でした。でもその病院も最近は当直明けなら翌日を午前だけの仕事として後は帰るようにと言われることが多くなったそうです。当直していると徹夜でなくても眠りの質が悪く、翌日の勤務でものすごくミスが多くなるのでございます。いわんや徹夜をや。自分自身にとっても危ないし、患者さんに何かあったら大変。よって、きちんと休みましょうと言われています。それが大事ですね。こんな風に当直後の休みの話が出ると、昔の医者は「なんだ、オレが若い時はな…」と語るのですが、それによってものすごいミスが存在していたのだと思いますよ。

 良くないのが、当直明けでも上の先生に言い出せなくて結局休まず仕事をしているという状況。特に若手や研修医はそうなのです。これは結構多くて、上級医の先生はしっかりと理解して休ませてあげてほしいなと思います。上級医みずからが休むと、若手も休みやすいですね。睡眠を軽視せず、というか睡眠を第一に考えて行動したほうが、結局は自分自身と患者さんのため、病院のためになります。

 いやぁ、でもあの時はトラゾドンがあって良かった。あれでリズムを取り戻せたのは大きい。以前も何回かそういうことがあって、その時はブロチゾラム(レンドルミン)が手元にあったからそれを使って事なきを得ましたが、今回はそれがなかったのもあってトラゾドン。トラゾドンは抗うつ薬ですが睡眠薬としても使用し、自分も愛用(?)してます。睡眠薬って使い方を間違えなければ人助けをしてくれますね。どこぞの番組は短絡的な放送でやらかしましたけど。
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2017
02.24

仮に、のお話

Category: ★精神科生活
 精神疾患の診断に、現在のところ血液検査はまだまだ役に立つものが出てきていません。

 うつ病においてBDNFという栄養因子が血漿中で低下しているのが見られるという報告もありバイオマーカーとして期待されていますが、上昇しているという報告もありますし、統合失調症でも双極性障害でも低下しているとも言われ、なかなか現実問題として役立つかと言われると難しい…。BDNFは値が変化していれば”何らかの精神疾患かもしれない”くらいの立場なのだと思います。しかも精神疾患なら100%変化しているというわけでもないですしね(ここ大事)。

 仮に、抑うつを訴える患者さんにおいて、うつ病か正常の抑うつ気分かを鑑別する感度・特異度がともに80%のバイオマーカーが出てきたとします(他の精神疾患の鑑別は念頭に入れていません)。陽性尤度比4であり陰性尤度比0.25なので、まぁまぁの有用性を持っていると言えるでしょうか。しかし、大事なのは


尤度比のみで疾患の有無は決められない


 ということです。検査をするのであれば、必ず検査前確率とセットで用いましょう。いくら優秀なマーカーでも検査前確率を抜きにして語ることは絶対に出来ません。これはHIV感染症のスクリーニング検査が好例でしょう。診察でも診察前確率を常に考慮し、病歴でも病歴前確率ありきです。

 とは言うものの、精神科医はこういった検査値の解釈に異様に弱いという残念な事実(?)を忘れてはなりません。そんなうつ病のバイオマーカー(仮)が出てきて臨床応用された時に危惧するのは、上記と関連して


値が低いからうつ病じゃない、値が高いからうつ病だ


 と誤って判断してしまうことです。精神科はこれまで科学というものにコンプレックスを持っており、その中でバイオマーカーが出てきたとなれば「やっと精神医学も科学の一員か!」という期待のもと、結構計測されるような気もします。

 使用するのであれば、言うまでもないですが正しい判断が求められます。検査値の解釈に振り回されるのは、科学でもなんでもありません。そして個人的にですが、バイオマーカーは待ち焦がれている存在ではあるものの、バイオマーカーの登場で精神科の診断は劇的に変わらないのかなぁと感じています。うつ病と双極性障害を簡単に見分けられる超優秀なものが出てきたら話は別ですが、はてさて、そんな凄いのが誕生するのでしょうか。

 抑うつ気分を主訴に来院した患者さんがいたとしましょう。ここではシンプルに”うつ病か正常か”とだけ話題にしますが、精神科医は患者さんのお話や様子から「うつ病らしくないなぁ」「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」「間違いなくうつ病だわ」というような、正常の抑うつ気分とのスペクトラム的な重症度を見立てます。DSM-5で言うなら、「うつ病かどうか微妙…」の辺りまでを”抑うつ気分を伴う適応障害”が多くを占めるかもしれません。「たぶんうつ病、かな?」は”抑うつ気分を伴う適応障害”と”軽度うつ病”が混在しているでしょうか。「間違いなくうつ病だわ」は”中等度~重度うつ病””精神病性の特徴を伴ううつ病”を指す感じでしょうか。

「うつ病らしくないなぁ」:”正常の抑うつ気分” ”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)”
「うつ病かどうか微妙…」:”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)”
「たぶんうつ病、かな?」:”抑うつ気分を伴う適応障害(DSM-5)” ”軽度うつ病(DSM-5)”
「間違いなくうつ病だわ」:”中等度~重度うつ病(DSM-5)” ”精神病性の特徴を伴ううつ病(DSM-5)”

 そう分類すると、多くの医者の対応はこうなるでしょう。

「うつ病らしくないなぁ」→生活指導
「うつ病かどうか微妙…」→生活指導
「たぶんうつ病、かな?」→医者によって異なる
「これはうつ病だわ」→間違いなく治療

 うつ病のバイオマーカーを使いたくなる時は、「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というラインになります。

 問題外なのは、精神科医が「うつ病らしくないなぁ」と感じる、つまりは検査前確率がかなり低い時にバイオマーカーを測ること。仮にそれがあるカットオフ値を超えていたとしても、検査前確率が低ければRule inにはなりません(かえって困ってしまう感じ)。カットオフ値以下であれば安心材料にはなるでしょうけれども、「らしくないなぁ」と感じた時点で抗うつ薬による本腰を据えた薬剤治療はほぼ行ないません。ここで検査値に慣れない医者が検査前確率を無視して「検査値が高いからうつ病だ!」と早とちりしてしまうのが怖いところです。

 同じく問題外は、精神科医が「これはうつ病だわ」と感じる、つまりは検査前確率がかなり高い時にバイオマーカーを測ること。仮にそれがあるカットオフ値以下だったとしても、検査前確率が高ければRule outにはなりません。カットオフ値を超えていれば安心材料にはなるでしょうけれども、「これはうつ病だわ」と感じた時点で多くは抗うつ薬による治療を行ないます。ここで同じく検査値に慣れない医者が検査前確率を無視して「検査値が低いからうつ病じゃない!」と早とちりしてしまうのが怖いところです。

 全か無かでとらえてしまわないかどうかが不安。精神科以外の内科クリニックでもCRPを1回測っただけで「CRPが8.2だから感染症だ。抗菌薬を出そう」と考えてクラリスロマイシンやセフカペンなんかを出してしまうことがまま見受けられますが、考えていない好例、つまりはアホと言えますね(ここでたくさん敵をつくる)。

 ではこの「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というライン、検査前確率をちょっと贔屓目の50%にしてしまいましょう、その辺りでバイオマーカーを診断の一助にしたとします。陽性尤度比4で陰性尤度比0.25であれば、マクギー先生に倣って足し算式とすると、陽性尤度比4は+30%、陰性尤度比0.25は-30%弱になります。そのような状態で用いるのなら、うつ病の診断に一定の役割を果たしてくれるでしょう。

 しかし、精神科医がうつ病かどうか迷う時というのは、うつ病の重症度という軸で見るならば「うつ病だとしても軽度かなぁ…?」という時でもあります(しつこいようですが、ここでは他疾患の鑑別を考えずに進めています)。その際にバイオマーカーを使用してうつ病だとしても、このような事実があります。


軽度のうつ病に抗うつ薬はあまり効かない


 すなわち、抗うつ薬を使わずに、例えば漢方薬、亜鉛、ビタミンB12+葉酸などの治療を養生訓に乗せることでも一定の抗うつ効果が望めることをも示唆するのです(亜鉛やビタミンB12+葉酸は抗うつ効果を持つとも言われますし、漢方薬は自分が頻用してますし。どちらも良質なエビデンスは乏しいのですが)。

 このようなうつ病は、井原裕先生のおっしゃるように生活習慣病としての側面を持つと言っても良いでしょう。患者さんの生活習慣の改善を第一義として診療することこそが治療になります。これにはさらに、診察の間隔を細やかにして経過を追うという


時間軸の有効活用


 という側面もあります。養生をお伝えして生活習慣の改善をしてもらうことで経過を追い、それでもちょっと調子が悪くなるようならその時点で抗うつ薬による治療を開始しても遅くはないのでは、と思っています。

 となると、「うつ病かどうか微妙…」「たぶんうつ病、かな?」というラインにおいては、バイオマーカーを使用してもしなくても、それほど現在の治療に大きな変化は生まれないというのがあるべき姿ではないでしょうか。”うつ病=抗うつ薬治療の対象”ではありません。生活習慣の改善が基本姿勢であり、軽度のうつ病はそれによって十分回復します。その事実を強く頭に入れておくべきでしょう。

 バイオマーカーはあくまでも参考に。それに依存してしまいたくなるような状態、つまりは診断に迷う状態の多くは正常と踵を接しているでしょう。そうであるならば、バイオマーカーの有無にかかわらず生活習慣の改善こそ治療の第一選択であり、時間軸をうまく使うことにもなります。

 もちろん、治療薬の選択に影響を与えるようなバイオマーカー、例えばこれこれが高ければEPAやアスピリンなどの抗炎症治療を組み込む方がベターだ、これこれが高ければSSRIがしっかり効くタイプのうつ病だ、などが出てくるとそれはそれでありがたいかもしれませんし、今回はシンプルにするため話題にしませんでしたが、他疾患との鑑別が高精度で可能になるようなバイオマーカーが開発されると嬉しくはなります(特に双極 vs 単極)。ただ、それもきちんと鑑別疾患同士の検査前確率を考慮して、診断を焦らず時間軸を有効活用するというのが前提になってくるでしょうけれども。

 バイオマーカーの登場で診療技術が疎かになってはいけません。むしろ、検査前確率をしっかりと推し量る緻密さが要求されるのではないかと思います。検査前確率を考えないということは、患者さんの苦しみ・つらさを見ないことにつながります。患者さん自身が人と人とのあいだで苦しんでいるのであれば、適切な治療が求められます。それを「BDNFが下がってないからうつ病じゃない」として何も介入しないのであれば、それは精神医学の終焉を意味します。そうなっては決していけません。
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