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2019
03.05

電子カルテ変更による脱理想化?

Category: ★精神科生活
 勤めている病院で、2月に電子カルテの刷新が行なわれました。もともとオーダリングシステムだけが電子化されており、普通の記録は紙カルテなのですが、これは変わらず。個人的には全部電子化してほしいのではありますが…。字が下手過ぎて、自分でも読めないという "医者あるある" の状態です。字の上手な医者はそれだけで尊敬に値する、うん。

 病院で使っていたのは結構古い電子カルテで、サポートが切れてしまうそうです。かような理由で新しいものに変更となりました。それだけで億のお金が動くそうで、業者の思うツボか…?と思わないでもありませんが。

 そんなこんなで、しばらくは電子カルテと悪戦苦闘。病院にも「みんな慣れないから遅くなるよ!」という潔い内容の張り紙をしています。ある日、外来で脱理想化を図れた(かもしれない)経験を提示いたします(細かい点は変更して個人が分からないようにしています)。

 うつ病で寛解間近の若い患者さん。普段どおりの診察が終わって日々の行動活性化を確認して、処方箋入力と次回予約の設定がやってまいりました。


自分「えーっと、次の予約はいつにしましょうか」
患者さん「じゃあまた4週間後で」
自分「はい。時間は11時で良いですか?」
患者さん「はい」
自分「えーっと、ちょっと待ってくださいね…。こうやって、えっと、んー」
(沈黙)
自分「よしっ。じゃあ次はお薬ですけど、今のところはこのままで行きましょうか」
患者さん「はい」
自分「えーっと、処方はこれだったかな…。どこだ…、あれ、日数は…」
(沈黙)
自分「よし、ふー。ごめんなさいね。パソコンが変わって良く分からなくて」
患者さん「そうなんですね。呼び出しのチャイムも音が変わってましたし、病院にも張り紙が」
自分「気づきました? 私もパソコンの前で頭抱えてまして」
患者さん「へー、先生でもそうなんですね」
自分「慣れるまでは時間がかかりますねぇ」
患者さん「何でもサッとできるもんだと思ってました」
自分「あら、ソツなくこなせる感じに思ってらっしゃった?」
患者さん「はい」
自分「いやいや、毎日唸りながらやってますよ」
患者さん「あはは、そうなんですね。安心しました」
自分「安心。唸ってる一面を見て安心されたの?」
患者さん「はい」
自分「ほー、そうでしたか。何でもできると思っていた人が、実は悪戦苦闘している、というような」
患者さん「はい、そうですね」
自分「それは何よりでした。今日の収穫はそれかしら」
患者さん「ですね」

 という感じで診察が進み、意外にも患者さんがこちらを完璧のようにとらえていたことが判明。いつも自分は、分からないことは「分からない」と言っており、患者さんの目の前で検索して調べることもあります。"私の先生は何でも知っている" という錯覚を防ぐためには無知の姿勢を見せることが大事ではありますが、それでもやっぱり患者さんの理想化は起こるものだなぁと。患者さんにしてみれば、理想とする人間像が崩れたわけなのでちょっとした喪失体験にはなります。しかし、今回のようにそこを笑って「安心した」と言ってくれるのはこころが健康的だからでしょう。うまく脱錯覚できたとも言えますが、そこで状態が大きく崩れてしまう人も中にはいます。錯覚の崩壊にこころが戸惑っている、というと良いでしょうか。そうならないように、医者としては診察室の空気を考えていくことにはなるのですが。

 今回は電子カルテを通じて貴重な経験をしましたが、でもシステムの刷新にはもう脳が追い付かない…。誰か助けて。
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2018
11.09

3日目は困憊

Category: ★精神科生活
 疲れもピークのてんかん学会学術集会 in 横浜、最終日。もうダメだ。

 朝ごはんは7時。最終日は8時10分から講演があるので、第二弾はナシで早めに終了。

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 しらすと赤メバルの幽庵焼きは皆勤賞! というか、3日間通じて朝食ビュッフェの変動が小さい! 毎日似たようなお料理だったので、必然的に選ぶものも同じような感じに…。ご飯は出汁茶漬けにしました。

 3日目の学会メニューは

8時10分:企画セッション10~新しいてんかん・発作分類を学ぶ
10時50分:特別企画講演4~ロボトミー少史
12時10分:ランチョンセミナー13~脳神経外科医が手術と術前計画で用いる画像の実際

 でして、最終日は13時10分で終了。本来ならばその後に開催されるてんかん学研修セミナーを受けたかったのですが、名古屋で講演会を引き受けてしまい、受講せずにおしまい。駅でお土産を買って、名古屋駅に戻って講演会をして終わったのであります。

 あーもう疲れてしまった。3日目の写真数の少なさが疲労を物語っているではないか…。しかもホテルって寝ても何となく疲れが取れないんですよねぇ。活動はしないに限るなぁ。

 来年のてんかん学会学術集会は、神戸ポートピアホテルとのこと。そこ周囲はホントに観光スポットもないから、おとなしくコンビニで買ってホテルでお夕飯だなぁ。

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2018
11.05

2日目は早くも疲労

Category: ★精神科生活
 さて、2018年てんかん学会学術集会 in 横浜の2日目。朝起きた時からもう足が重い…。

 朝食は7時。あ、会場の入り口はこんな感じでした。

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 で、2日目の朝食内容は…。

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 ほとんど変わらない…。しらすや赤メバルの幽庵焼きは本日も活躍。

 第二弾。杏仁豆腐です。杏仁の風味はゼロであった。白い寒天みたいな。

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 濃厚な杏仁豆腐って、自分で作るに限るんですよねぇ。カルディに”杏仁霜”が売っているので、これをたくさん入れて生クリームで作るとおいしい。パンダの杏仁豆腐を買っても良いですね。

 2日目は

9時:シンポジウム5関連講演~神経発達症とてんかん
10時:シンポジウム5~てんかんと発達障害の包括的診断と治療
12時:ランチョンセミナー9~臍帯血細胞と脳波AIが拓く自閉症の未来
14時:企画セッション8~てんかん医療と精神医療の連携
16時:共催シンポジウム1~グルタミン酸とAMPA受容体

 でした。いやー疲れた。

 夜はちらりと周囲を観光。

 やたら目立つ観覧車。

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 コスモワールドのコスモクロック21という名前だそうです。”全高112.5m、定員480名の世界最大の時計機能付き大観覧車”とのこと。時計機能を抜きにしたら世界最大でも何でもないそうで、時計を付けたのは最大にしたいがための苦肉の策、なのか?

 横浜の赤レンガ倉庫。聞いたことはあったけれども、実際に見たのは初めて。というか、横浜が初めて。

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 近くで。

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 赤レンガ倉庫の周りでは、2018年横浜マラソンの集まりが催されていました。
 
 歩いて疲れたので、お夕飯はホテルのセブンイレブンで買ってお部屋で済ませました (あれ)。

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 揚げ鶏を2つ、そしてガトーショコラとエクレア。揚げ鶏おいしい。

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2018
11.01

初日の具合

Category: ★精神科生活
 2018年のてんかん学会学術集会 in 横浜。前日入りしてホテルビスタプレミオ横浜みなとみらいに泊まり、初日を迎えました。

 まずは朝食。会場は19階のレストランですが、それほど料理数は多くなく、こぢんまり系。

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 こんな感じになりました。

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 筍の土佐煮、そして明太子。辛いのが苦手なのについ取ってしまった。そして赤メバルの幽庵焼きというのが特徴的でしょうか。美味しかったですよ。

 あ、そうそう。ビュッフェでは小皿をたくさん用意してそれぞれ盛るようにしました。大皿だと何だか綺麗にまとまらないんですよね、ごちゃっとしてしまって。小皿に1~2種類ずつ盛るのをお勧めします。

 第二弾。ブレッドプディングとマンゴー+ヨーグルト。お腹いっぱいだ。

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 ちょっとお部屋で休む。毎回毎回、ホテルに泊まると朝食を食べすぎて苦しくなってしまう…。

 9時から開始なので間に合うように出発。10分くらいでパシフィコ横浜に到着なのです。

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 初日の10月25日、選んだのは

9時:シンポジウム2関連講演~多彩な臨床像を持つ年齢依存性てんかん
10時:シンポジウム2~スパスムの起源を探る
12時:ランチョンセミナー1~Diagnosis and rational treatment for epilepsy
13時10分:企画セッション3~第2の内側側頭葉てんかんの原因-扁桃体肥大
16時:マラソンレクチャー5~てんかんと精神症状
17時10分:マラソンレクチャー6~高齢者のてんかん

 でした。聞いた内容を同時にパソコンへ打ち込んでいくと、後半疲れてきて精度が落ちますね…。判読不能な変換がされていることも。

 ちなみに、どの領域にも”専門医”というのがあり、それを維持するためには学会に通って特定の講演を聞いてポイントをゲットしなければならないのですが、何の専門医も持っていない自分はフリーダムなのでした。だから趣味に任せて好きな講演を聞けるのです。中にはポイントの付く講演だけ参加して後は観光する医者もいますが (ごく一部ですよ! ほとんどはみんな真面目です)、自分はまさに”学会ガチ勢”と言えるかもしれません。朝から終わりまで基本的には講演で埋める。しかしながら、その代償は上述の通り後半でのタッチタイピングミスでございます。

 専門医って箔みたいなもので、持っていないと多少肩身が狭い (きちんと臨床してるの? 知識をブラッシュアップしてるの? という目で見られる) のですが、まぁ専門医試験を受けるのが面倒なのと学会も行くととてつもなく疲れるのと、どうしてもポイント目線で講演を選んでしまいそうな自分がいるので、そういう資格はいいや! となってしまっています。教授には「そんなんじゃいけません」と怒られましたが…。

 さて、休憩時間はポスター会場をうろうろ。賑わっておる。

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 というか、学会って何でみんなスーツ姿なんでしょうね。発表者でもないのに。かたっくるしい。自分はシャツ (しかも半袖) にカーディガン+ジーンズなので浮きまくり。でもカジュアルなのが一番だと思っています。

 会場では本屋さんも。学会に合わせて新刊って出てくるものです。お披露目会みたいなもんでしょうか。

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 で、初日が終わり、ちょっとお夕飯はパシフィコ横浜と目と鼻の先のクイーンズスクエアやランドマークタワーに行って探す。

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 うろうろして、”こめらく”というところでご飯。

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 鯛と鯵のお茶漬け的な。これで1500円くらい! 高い!

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 結局、ホテルにくっついているセブンイレブンで夜食を買ったのでした。

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 内容からはアルコールがセットのように思うかもしれませんが、自分は一切飲めない (年に2回ほどの機会飲酒程度。かつ口をつけるだけ) ので、このおつまみだけです。

 次回は2日目の記事になります。
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2018
10.24

露わになったものを覆うという治療

Category: ★精神科生活
 色々と難しい精神病理学の中で、笠原嘉先生は分かりやすい説明を心がけてくれます。"精神病理学嫌い" になりそうだった精神科医をおそらく多数引き止めてくれていたのではないだろうか、と想像しておりますが、いかがでしょう。当時の先生方の中ではめずらしく(?)、薬剤やDSMを毛嫌いしないおかたで、特にうつ病に関して精力的な研究をし、みすず書房さんから出ている『うつ病臨床のエッセンス』は、昔の論文が多いながらも現代でもまったくもって色あせない知見だらけ。

 そんな笠原先生のお考えで、自分が最も「面白いなー」と思っていて、実臨床でも意識しているのが "葛藤の二次的露呈" というもの。

 人間のこころはダムのようなもので、こころのエネルギーがダムの水位であります。こころが疲れてエネルギーが減ってくると、この水位は下がってくる。そして回復すると水位は上がってくる。これはジャネの理論を笠原先生が応用したものですね(たぶん)。

 そして、ダムの底には色々なものが沈んでいます。ダムの水位がたっぷりあればそれは見えてきません。でも、水位が下がるとその色々なものが露わになります。こころも同じで、ゆとりがなくなってくると、昔あったイヤなことが思い出されて許せなくなる、ずっと内に閉まっていたものが出てきて苦しむ、なんてことがあります (葛藤の二次的露呈)。でもそこを何とか抱えていって水位が上がるのをしっかりと待ち、実際に上がるとまた見えなくなってくる。その葛藤はまた姿を消します。

 この考えは非常に大切で、特にうつ病治療において役立ちます。葛藤が露わになると、患者さんはそのことで相手のことを許せなくなったり、モヤモヤの矛先が医療者に向かったりします。その時、「これは二次的露呈だ。しっかりと治療して診察室の中でゆとりを味わってもらえれば、いずれ姿を消すものなのだ」と思えることが重要なのです。なぜなら、露呈したものは見方によってはとてもとてもパーソナリティ障害、特に境界性パーソナリティ障害 (BPD) に感じられてしまうのです…!!!! そこで「あぁ、こんなに行動化して、やっぱりBPDだったんだ。こりゃ治らんわ」と考えてしまうと、本当に治るものも治らない。医療者がしっかりと見定める必要性があるでしょう。そして、そういう葛藤部分が大好きな医療者であれば、そこに突撃し、事態を複雑にしてしまいます。そうなると、医原性のBPDが出来上がってしまいます。このことは神田橋條治先生もご指摘しているところですね。恐ろしいのは、一度 "パーソナリティ障害" という診断が付いてしまうと、他の医療者も「あぁ、面倒な患者さんか」と思い、それは実際の対応にもなります。そうなると、不思議な事ですが患者さんはパーソナリティ障害 "らしく" なってしまうのです! パーソナリティ障害と診断したくなったら、必ず踏みとどまって考え直すべきです (ここ重要!)。私たち医療者の陰性感情によって恣意的になされてはいないか? 個人的には、統計に出るよりももっとパーソナリティ障害って少ないのではないかと感じていますが (あくまで個人の見解です)。

 あえてそこに触れない、というのも大切。ある産後うつ病の患者さんは、「私が小さい頃、母親に面倒を見てもらえなかった」と言って怒りを診察室内で表現し、実際に母親に対して暴言や眼の前でリストカットをして「苦しみを味わえ!」と言ったこともありました。でも、うつ病の治療をしそこから抜け出したらそのような行動化はなくなり、「母親も苦しい中で私のことを何とか育てようとしてくれていたのが分かりました」と話すように。これはうつ病によって葛藤が露呈したものの、治療によって水位が上がりその葛藤が再び姿を隠したと言えます。

 水位が上がって見えなくなるのを期待する。これは覆いをつくること、でもあるでしょう。

 覆いをつくるというのも、葛藤部分に触れずに待つという待機的なものもあれば、覆ってその上でごにょごにょといじって変形するというものもあるでしょう。ビオンの "もの想い" というのは後者にあたるでしょうか。私たちが日常臨床で行なっているのは前者のことが圧倒的に多いように思いますし、精神分析に十分な知識を持たない一般的な精神科医はそうあるべきでしょう。露わになった葛藤部分を中途半端に取り上げるのは、不十分な麻酔で手術をするようなものです。

 特に精神分析が好きな若手精神科医は、覆いをあえて剥がしてしまう/葛藤の二次的露呈を突っつく傾向にあるように思います。精神分析の理論を日常臨床で活かすのであれば、きちんとスーパービジョンを受けながらすべきでしょう。そうでなければ、理論 (それも自分勝手につまみ食いしたもの) が暴走してしまい、それに患者さんが "巻き込まれて" しまうかもしれません。

 地味かもしれませんが、ダムの水位が上がるのを待つ、覆いをしっかりとつくるということ。これこそが臨床で強調されるべきでしょうし、精神科の教育でも同様なのでしょう。
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