2018
05.04

うれしやかなしや

Category: ★精神科生活
 大型連休も終りを迎えます。みなさん、日々の疲れはリフレッシュできたでしょうか。自分は日曜日に日直がありまして、土曜日で本格的な休みはオシマイとなります。

 こういう休みというのは、やはり嬉しいもの。病院もないし、翌日のことを考えずにゆっくりと休めるのはまさに自分にとって "ゆとり" そのものだなぁと実感します。愛知県は麻疹の感染患者さんが増えているので人混みに行かないようにし、家でゆっくりと過ごしました (ここ数年は抗体価を測っていなかったのでちょっと心許なかった…)。Amazonプライムで仮面ライダーBLACKをずっと観ておりましたよ。やはりライダーシリーズの最高傑作はBLACKでしょう!

 しかしながら、休みは悲しいものでもあるのです。このように休みのために外来がない、ということは、本来その日に来るはずだった患者さんがおり、彼らはどこか別の日に流れ込むことになります。つまり…


休みの前後の週が激混み!


 なのです…。はぁ。

 これがとても苦しくて、ただでさえ混んでいる外来がもうぎゅうぎゅう。今勤めている病院では外来日が金曜日と土曜日でして、5月11日の金曜日、12日の土曜日、19日の土曜日は予約枠をすべて使い切っています…。でもどうしてもその日に診たほうが良い患者さんもおり、彼らは予約外で来てもらうことになっております (予約枠がもうないので、予約できない!)。かつ、別の病院で月曜日にちょっと特殊?な外来をしていますが、そこも何だか大変なことになっています…。ちょっと先の話ですが、9月なんて17日と24日の2週連続で月曜日が休みでしょ、しかも10月8日も休み! あー、アカン。これはアカンよ。絶対にパンクしますわぁ。この月曜日の外来は時間がもともと短いのですが、規定の時間だけじゃあ全然足りなくて、最初を30分繰り上げて、最後も1時間繰り下げて毎週ようやく間に合っているレベル (もはや病院に対する慈善事業みたいなモンでしょうかね…)。そこに休みが重なってきた日にはもう阿鼻叫喚ですよ…。

 こういう時の外来って、連休恒例となっているUターンラッシュ時の新幹線乗車率みたいな感じでしょうか。100%オーバーなのです。4月最終週の外来も満席で大変なことになっていましたが、今月の混み混みを想像するだけでお腹が痛くなってきそう。うーん。患者さんが大変なのも重々承知していますが、医者の側がゆとりを持たなければ診察にも影響しそうで。

 いつも外来後は疲れてぐったりなのですが、予約がすべて埋まっている日の疲れ度合いったらもう、半端じゃありません。病棟に行かねばならないけれども身体が動かない。だから休みは嬉しいと言えばもちろん嬉しいものの、こういうデメリットもあるのでした。

 自分は正直なところ働くのは好きでなく、どちらかと言えばゆったりと休み中心に生きていきたいと思っています。もちろん身体的にも精神的にも忙しいと調子を崩すというのもありますが。週休4日ほどのペースで、かつ外来も忙しくなくちょっと雑談できるような、そんな流れでやっていければなぁ。1週間のうち休みが過半数というのが理想的。でもそんなの実現しないでしょうね…。

 という愚痴の記事でした。
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2018
04.11

臨床のワンフレーズ(25):早く来てくれて良かったです

Category: ★精神科生活
 私たち医者は、診察室の外も治療的であるようなこころがけをするようにしています。精神療法は診察室の中だけで働くものではありません。生活にじんわりと浸透させることで、限りある診察時間を拡げていくようにしています。とはいえ、受診と受診のあいだ、すなわち患者さんのふだんの生活が平穏無事とは限らないのは周知の通り。安定飛行に入るまではブレが生じますし、状態が悪化していく人もいます。そういう時、次回の診察の予約までこらえきれずに受診する患者さんがいます。

 医者の外来はいつもいっぱいで、予約外に患者さんが来ると予約で来た患者さんの時間もずれ込んでしまいますし、病院によってはこの再来でギリギリの中に初診が入るところもあります。しかもクリニックでなければ入院患者さんもいますし、そのご家族との面談の時間なども入っています。よって、医者の方に全く余裕がなく、再来中心で何とか組んでいる中にそうでない要素が入ってくると、表情に出さないようにしているもののイライラしてきます。「こんな忙しい時に…」「何で待てないのか…」という気持ちがどうしても出てくるでしょう。そういう中で予約外の患者さんに接すると、それは患者さんにも伝わりかねませんし、患者さんの態度や言葉を悪い方に勘ぐってしまうことだってあります。そう考えると、投影性同一視という言葉は非常に危ういところを持っていますね。治療者自身が抱く負の感情を投影性同一視という名のもとにすべて患者さんに原因ありとしてしまうこともありえるでしょう。よく訓練された治療者こそが使うことを許可されるものと思います(生兵法は大怪我のもと、ですね)。

 患者さん側からすれば、本来であれば予約外なんて来たくないことが多いものです(例外はもちろんあります)。でも調子が悪くなり、今後どうなっていくのか不安である、もしくはこんなことになって情けない、という思いがあるでしょう。医者の外来が忙しいのは、待合でも十分に伝わります。「先生も忙しいのにこんな時に来てしまってすみません」というセリフは形式的なだけではなく、本音を十分に含んでおり、それが自責や自信喪失につながります。それは放っておくと症状悪化につながりかねません。

 であるからこそ、医者の方はその意を汲んでねぎらう必要があるでしょう。本音は「もうちょっと待っていてくれよ…」であっても、それを出さずにいることがプロフェッショナリズム。そのためには、医者の日常生活がピリピリしていてはいけないのですが。

患者さん「すみません先生、ちょっと調子が悪くて早めに」
医者「そうでしたか。どんな感じです?」
患者さん「実は…」

~~~

医者「じゃあちょっとお薬を調節しましょう」
患者さん「ありがとうございます。忙しいのに」
医者「いやいや、早めの対処が一番ですよ。だから今日来てくれて良かったです」

 このように最後に付け加えます。これはお世辞ではなく、患者さんの「先生は忙しいのに、来てしまった」「これから私はどうなるんだろう」という気持ちに応えるものです。かつ、早めに対処することで患者さんの先行きが見えない不安感への対応となり、それは症状の緩和にもつながります。基本的に、誰だって医者のところに何度も来たいとは思いません(繰り返しですが、例外はありますよ)。予約外で来るにはやはりそれなりの理由があって、来ざるを得なくなっています。そこを知ろうとするのも大事ですね。

 もちろん、予約した受診までしっかりと待ってもらって、そこで会うのを続けるということ自体が治療的なことも多いです。診察までの間にどのような症状があったか、どんな思いが芽生えたか、などを抱えてもらう練習になるのです。境界例が代表ですが、感情を抱えられずに予約外で頻繁に受診するようであれば、やはり抱えてみる練習として予約まで待つという重要性をお伝えする必要もあるでしょう。ただ、その場でも ”来た” ということを最初から否定するのではなく、色々と考えてもらうきっかけにしたいものです。抱えきれない人が医者から言われて最初から「はいそうですか」と言って予約にきちんと来るのは難しいでしょう(それは抱えられることになりますし)。練習には失敗がツキモノです。その失敗をマイナスとしてとらえずに次への糧とするように、こちらは腐心せねばならないでしょう。
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2018
02.23

臨床のワンフレーズ(24):恩返しをしましょう

Category: ★精神科生活
 うつ病患者さんの休職については、患者さん自身が後ろめたさを持ってしまうことがあり、そこをうまくお話できればなぁと思っております。「私が休むとみんなに迷惑が…」「休むと会社が回らなくなります…」というのが多いですね。「あぁた一人休んだくらいでダメになる会社なんて、そもそも体制に無理があるんや」と言いたくなるのですが、さすがにそれを言っちゃあオシマイよ、ということで、こころの中でブレーキが働きます。精神科医の中には逆におどけて「へぇ!!君がいなけりゃ回らないだなんて、そんなにすごい実力があるの!?」と話す医者もいるみたいですが、まだ経験の豊かではない自分が言うとよろしくないだろうなぁと想像しています。

 患者さんの自尊心を傷つけずにどう休職を促すか、というのが精神科医のウデの見せどころ?かもしれません。これという正解は無いのだと思いますが、自分は以下のように言うことが多いと思います。

自分「今の○○さんの状態だと、ここはしっかりと休んだ方が良いんじゃないかなぁと私は思うんですけど」
患者さん「…でも、休むとみんなに迷惑がかかってしまうので」
自分「確かにそういうお気持ちは無理もないかと思います。そこで実際この1週間の調子を伺いましたが、頭がうまくまとまらなくて、お仕事をするのもつらい状態だと感じました。ですから、ここは休みましょう!そうすると回復も早くなって、結果的に早くお仕事がうまくできるようになると思いますよ」
患者さん「そうなんですか…」
自分「ここは撤退する勇気を持ちましょう。今は休むのが仕事とお考えください」
患者さん「はい…。分かりました」
自分「会社のかたに迷惑をかけているというお気持ちは確かにあるでしょう。ですから、良くなったら恩返しをしましょう。そのために今は休むことがとっても大事になりますから。急がば回れとも言いますし」
患者さん「はい…」

 生活が苦しくなるレベルのうつ病になると「迷惑をかけている」という気持ちから逃れられなくなります。そこはこちらがどう言っても患者さんに残るので、それはもう認証してしまったほうが良いでしょう。その上で、患者さんに出来ることは何かを示します。そのための言葉が「撤退する勇気を持ちましょう」と「休むのが仕事です」の2つ。微かでも良いので踏ん切りを持ってもらうために、撤退する勇気を持つようにとお伝え。そして、仕事への親和性が高くなっている状態には、休むことそれ自体が仕事だとお話しします。

 そして、迷惑をかけているという気持ちを利用 (?) して、「良くなったら恩返しをしましょう」と自分は言っています。迷惑をかけていると思っているのなら、その負い目があるのなら、改善した暁にはその恩を返そうではないか、という気持ち。

 そうすると患者さんは休職に少し前向きになってくれます。かつ、改善して復職するという時には「誰か他の社員がうつ病で苦しんでいたら、ぜひ助けてやってほしい。それはうつ病を経験したあなただからできることなのだ」ともお伝えします (恩返しの一部)。そうすることで、患者さんの役割、しかもその人にしかできない役割が生まれます。

 会社で頑張っていた患者さんがうつ病で休む時、そして会社に戻る時。この節目はとても大事にしたいところですね。今回のワンフレーズは "恩返し" の部分を取り上げましたが、"撤退する勇気" や "休むのが仕事"、そして "他の人が苦しんでいたら助けてやってください" というのもとても重要です。
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2018
02.07

臨床のワンフレーズ(23):ともにある

Category: ★精神科生活
 患者さんは症状へのとらわれが生じており、症状から脱しよう/症状を打ち消そうともがくことで更に症状を産み、それに苦しむというループにはまっています。これを何とかしたいなぁということで、色んなフレーズを使って新しい ”気づき” を患者さんに得てもらえるように自分は働きかけています。

 症状を見つめることができる、というのが目標で、お薬は症状を少し軽くして患者さんがそれと距離を持てるようにするために用います。”あばれ馬”を少々落ち着かせる様なイメージでしょうか。そうすると付き合いやすくなりますよね。決して症状をゼロにするために用いるわけじゃあないんです。でも一番苦しい時はやっぱり少しでも楽になりたいのが人情で、そんな時に「さあ症状を見つめましょう」と言われても「いや、ちょっとそんなのいいから…」となるでしょう。お薬はそういう時に役立つものですし、やっぱりこういうのはタイミングが重要。

 患者さんに上記の様なループを説明すると「気を逸らせばいいんですか?」「気にしないようにするのがいいんですか?」と質問を受けます。しかし、これも症状にとらわれていることになっているような気がします。往々にして、気を逸らそうとすると/気にしないようにすると、かえって気になるという結果になってしまいます。「気にしちゃいけない、気にしちゃいけない…」と思えば思うほど…、なのです。それらがすぐに成功していれば精神科の病院には来ていないわけで、受診しているということは、気を逸らそうとしてもダメだった、気にしないようにしてもダメだった、からでしょう。患者さんは手詰まりになり、受診という行為に至ります。もちろん、お薬で症状が軽くなって気を逸らせるようになったり気にしないようにできたりすることもあり、それはそれで良いことです。

 受診するまでに患者さんは様々なトライをしています。それが残念ながら功を奏さなかったので、病院に来る。となると、私たち精神科医としては、新しいものの見方に気づいてもらうことが一番の仕事になるでしょう。それが、症状と戦わずに見つめるという視点 (前述のように、その視点の提供にはタイミングがあります)。少し前の流行歌ではないですが、日本的な表現の ”ありのまま” ”あるがまま” を考えてもらうことになります。ちなみに、レリゴーさんが流行っちゃってから ”ありのまま” が使い古されて手垢にまみれ陳腐な感じがしてしまって、診察でこの言葉を出すことがなくなってしまいました…。むむむ。

 ということで、私たちは色んな物事や感情と ”ともにある” んだ、ということに気づいてくれないかなと思って診察をします。これまでのワンフレーズでもお伝えしたように、症状そのものは決して悪いものではない。それにとらわれなければ、症状は症状にならないと考えています。とらわれるからこそ、症状になりえる。症状と ”ともにある” 感覚を得てもらえれば、とらわれから少しずつ抜け出せるのかもしれません。少々宗教じみていて患者さんによっては「ん?」と思うかもしれませんが、自分は外来時間が少し余裕のある時、こんなエクササイズをすることもあります。

自分「○○さん、ちょっと眼を瞑ってみてください」
患者さん「こうですか?」
自分「そうですね。そうやって、少し静かに。沈黙の時間が流れるように」

・・・・しばし沈黙・・・・

自分「実は、色んな音が聞こえてきませんか?」
患者さん「そうですね、聞こえます」
自分「隣の診察室の声とか、パソコンの音もそうですね。あとどんな音がありますか?」
患者さん「外で車が走る音?」
自分「そうですね。音以外だと、例えば○○さんは呼吸をしているから、肺が膨らんでしぼむという感覚も」
患者さん「あ、そうですね。あります」
自分「もちろん診察室で眼を瞑って黙っているという少し不思議な感覚も」
患者さん「そうですね(笑)」
自分「ま、このくらいにしましょうか」
患者さん「はい」
自分「もっと長く続けていれば、同じ姿勢で座ってお尻や腰が痛くなる感覚も出てくるかもしれんですね」
患者さん「はい」
自分「で、何が言いたいかというと、私たちって色んな事とともにあるってことなんです。普段は気づいていないけれど、たくさんの事が起こっている」
患者さん「そうですねー」
自分「○○さんの感覚もそうですね。無数の身体の感覚やこころの感覚が起こっていて、それとともにある」
患者さん「はい」
自分「だから、○○さんの不安な感覚も、本来ならばともにあることだと思うんです」
患者さん「あー、なるほど…」
自分「でもいつの頃からか、それを否定して、とらわれてしまっている」
患者さん「うーん」
自分「ともにあることを振り払おうとしても、それは消え去りはしないんじゃないかしら」
患者さん「そっか…」
自分「そのとらわれをほぐして、不安とともにある、見つめることがとても自然なこと。そう思います」
患者さん「そうですね…。今まで不安を消そう消そうとしてました…」

 と、周囲の音から始まって、身体感覚や感情なども実は現在進行形で起こっていることであり、私たちと ”ともにある” ものだという気づきを実感してもらいます。それは自然なことであり、とらわれが生じると不自然になっていきます。症状それ自体は敵ではなく、ただただ ”ともにある” もの。それを確認してもらって、見つめる練習を少しずつ取り入れていく。すると、硬いとらわれが徐々に雪解けになっていくでしょう。決して一度ではうまくいきません。そんなに人間は器用ではないので、練習練習。1日に10分でも良いので、毎日練習してみるのが大切なのです。

 練習には、症状があるというのを認めたうえで行動をするというのも含まれますし、上記の様なエクササイズを自宅でやってもらうのも効果的だと思います。今ここでの世界の蠢きとともにある、そんな感覚を得てもらうのがポイントでしょうか。
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2017
12.28

臨床のワンフレーズ(22):医者は慎重派

Category: ★精神科生活
 統合失調症の患者さんは微分回路的認知を持っているなんて言われまして、ちょっとした変化を敏感に察知して行動に出ます。それによって、生活では転職を繰り返したり、いきなり留学してみたり。双極性障害の患者さんも転職や思い切った行動が多い傾向ですが、それは軽躁で「よっしゃやるで!」「なんか出来そうな気がする!」という状態になり、パッパッと動くことによります。統合失調症患者さんはやはり”微妙な変化を察知する”という印象で、背景に動かねばならない焦りがあり行動に移す感じ。

 なので、診察でもいきなり「今度就職しようと思います」と言うことも。

自分「え? 就職?」
患者さん「はい」
自分「おぉ…。お仕事ですか」
患者さん「はい。働かないと」
自分「働くことが大事?」
患者さん「はい」
自分「なるほど。その気持は大事ですね。うーむ。確か、この前はデイケアにまず通ってみるって話していたような」
患者さん「でも、働かないと」
自分「働かないと」
患者さん「はい、そうです」
自分「そーでしたかぁ。具体的にどんなことを?」
患者さん「え?これから」
自分「んん、そうか…。働こうっていう意気込みを持ってくれたのはとっても嬉しいことよ。でね、この前デイケアのお話をしましたでしょ。まずはデイケアにトライしてみて、決まった時間に行って決まった時間過ごして決まった時間に帰る。それを続けてみるのがやっぱり大事かなと私は思ったんだけど」
患者さん「それだと遅いと思うんです」
自分「遅いと感じるのね。今まで働いたことがないし、朝起きるのもまだちょっとえらい(しんどい、という意味です)でしょ。仕事はじめたら毎日同じ時間に起きて仕事場に行くことになるし、今は大事にやっていきませんか?」
患者さん「うーん」
自分「働きたいって気持ちはとっても良いことよ。だからこそ、基礎をつくっていくのが、ね」
患者さん「…はい」
自分「○○さん、実はちょっと焦っとるでしょ」
患者さん「…はい」
自分「○○さんは少し焦り気味で考えるクセがあるで、そこを一緒に考えて一歩一歩やっていくのが大事だと思うんよ。仕事しちゃいかんってわけじゃないのよ。その気持ちを持てるほど調子が良くなってきたのは私も嬉しいです。そこでね、仕事をするためにも、まずは朝起きるとか時間通りに過ごすとか、基本的なところができるって言うのを見せてほしいな。それができたら私も太鼓判を押せるしね」

 患者さんに焦りが見える時、ちょっとしたブレーキ役を医者が担います。その中でも、働く意思を大切にしているということは明示し、患者さんの意欲が消えないようにします。患者さんが社会の中で生きていきたいと思う時、自分としてもそこが目標。とは言え仕事がどういうものかっていうのが分からない患者さんも結構いるので、まずは体験的なところからスタートしてみたい気分でもあります。そして、医者のブレーキが患者さんを挫いてしまわないように、最大限の配慮を! ここを疎かにしてはならないのです。

自分「あなたが焦っちゃう分、医者は焦らないのがお仕事」
患者さん「先生って慎重ですよねー」
自分「医者は慎重派よ。医者も一緒に焦ったらバランス悪いでしょ」
患者さん「あー、それもそうですね」

 こんな話をしても、数ヶ月後には同じ出来事が繰り返されることもありますが…。ただ、ここで強調しておきたいのですが、中には「えいっ」と社会の中に飛び込んでうまくいく人もいます! そういう時は患者さんに焦りをあまり感じないような気もするようなしないような。その見極めって難しいですね。しかしながら、失敗するリスクも高いので、「何を言われようとも働くよ!」という患者さんには、あらかじめこちらから

自分「じゃあやってみましょうか。でもね、うまく行かなくっても良いのよ。やってみようと思ってくれたことがまず大きな一歩。無理そうだったらすぐに撤退して。○○さんは頑張りすぎて休み下手なところがあるからね。私も気をつけておくでね」

 と、失敗しても大丈夫だとお伝えします。社会への参入に複数回失敗している患者さんも多く、それが外傷体験になっている場合も。その傷を増やさないためにも、一定の心遣いをすべきだと思っています。

 面白い(?)のは、いつの間にか仕事をはじめていたり変えていたりする患者さんがいるということ。何となく診察での会話に「あれ?」と思うところが出てきて、聞いてみると「あ、仕事はじめたんです」と。こっちはびっくりするんですが、患者さんはいたって平然。こういう患者さんは、症状も安定しているんですが診察は短時間であまり広がってこない感じ。でも広がりのなさに安住しているような、あえて広げてこないような印象もあり、こちらから生活について細かく聞き出すことにちょろっと抵抗を覚えます。

 統合失調症を持つ患者さんがゆとりの中で働けるような社会は、どんな人にも優しい社会なのだと思うのです。でも、だからこそ実現は難しいのかもしれませんね…。
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