2017
10.24

ベンゾもたまには役に立つ

Category: ★精神科生活
David Hui, et al. Effect of Lorazepam With Haloperidol vs Haloperidol Alone on Agitated Delirium in Patients With Advanced Cancer Receiving Palliative Care A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2017;318(11):1047-1056. PMID: 28975307

 緩和ケアを受けている進行がん患者さんのせん妄(過活動タイプ)に対して、ハロペリドール単剤とハロペリドール+ロラゼパムの併用との比較。論文ではハロペリドール2 mgとロラゼパム3 mgを使用しており、結果は併用群の方がより低いRASSとなりました。

 ロラゼパムは代表的なベンゾジアゼピン受容体作動薬でして「え? せん妄にベンゾ?」と思ったかもしれません。確かにベンゾは単剤で使用するとせん妄が悪化したりせん妄そのものの原因の1つとなったりします。大事なのは、ハロペリドールと併用した、というところ。大学病院にレジデントとして労働していた頃は、上の先生から「ルートの取ってある患者さんなら、せん妄にハロペリドールとフルニトラゼパムを混ぜて使うと良いよ」と教えられていました。ハロペリドールの商品名はリントン®もしくはセレネース®で、フルニトラゼパムはロヒプノール®ですね。それぞれ注射液があり、ハロペリドール1Aが5 mg、フルニトラゼパム1Aが2 mgです、たぶん。当時は「ほーん」と思いながらそのまま行なっていましたが、今回のJAMAで「やっぱ効果あるんやなぁ」と納得したのであります(ただし、ロラゼパムをそのままフルニトラゼパムに置き換えても良いのかどうかは不明なのですが)。

 ハロペリドールとフルニトラゼパムという作用機序の異なるものを使うことで、1+1が2ではなく3になったようなものでしょうか。あわせ技一本みたいな。ドパミンを抑えてGABAを賦活して、という感じ? GABAの賦活だけだとせん妄によろしくないこともあるのですが、不思議ですね。せん妄は ”夢うつつ” みたいなもので、そこで様々な不安や恐怖が先鋭化します。治療はもちろん原疾患の解決なのですが、端的に言うと当座として”しっかり覚醒・しっかり睡眠”の2つが方法になります。メリハリが大切、ということ。ベンゾのGABA賦活だけでは ”しっかり” が出てこずモヤッとさせる、ということなのかしら。ベンゾでは俗に言う ”浅い睡眠” が増えますしね。ちょっと短く言い過ぎて誤解を生みそうではありますが、あくまでもイメージ的なものとしてお考えください。

 ただ、ちょっと残念なのは日本にロラゼパムの注射液がない! という点。これは本当にどうしようもないなぁと実感しているのです…。洋書を読んでいると「ロラゼパムを打て」と書いてある部分がとても多いのですが「ねぇんだよなぁ…」と肩を落とします。致し方なくフルニトラゼパムを使用しますが、これは半減期が長い(睡眠・覚醒の切り替えがうまくなされない)のと呼吸抑制の問題が大きいというのがあります。せん妄に対しフルニトラゼパムとレボメプロマジン(ヒルナミン®/レボトミン®)を併用すると明らかにSpO2が落ちるという文献もあるのです(J Clin Psychopharmacol. 2000 Feb;20(1):99-101. PMID: 10653217)。その文献ではハロペリドールとフルニトラゼパムの併用では特に問題はありませんでしたが、身体的に弱っている高齢患者さんだとちょっと心配ですよね。

 なので、大学病院にいた頃のオーダーは

リントン0.5-1A・ロヒプノール0.5-1A・生食100mL
100mL/hrで落とす
寝たらストップ、起きたら再開
呼吸状態モニタリング

 という感じだったように覚えています。患者さんの年齢や身体状態に合わせて1Aとするか0.5Aとするかを考慮。”呼吸状態モニタリング” は入れておくべきでしょう。

 自分としては、ハロペリドール5 mg(1A)でおさまらないようなせん妄に対してさらにハロペリドールで押してもあまりメリットはないように思います。ハロペリドールは錐体外路症状を起こしやすい定型抗精神病薬ですし、注射液だとQT延長のリスクが高いのです。複数のQT延長リスクの薬剤が入っていたら、ちょっと怖いですよね(キノロンとか)。せん妄も根本的な機序が分かっていないので、ドパミン受容体を抑える方法である程度頑張ってうまくいかないのであれば、それ以上ドパミン受容体を駆逐しても効果は乏しいかも。静かになったと思ったら実は錐体外路症状で動けなくなっていた、なんてのは冗談にもなりません。ちょっと他の方法も考えたほうが良いでしょう。昔、外科の先生から「リントン3A落としたけどせん妄おさまりません」と言われることがありましたが、ハロペリドール3A(15 mg)はちょっと怖いと思います。慢性期統合失調症でずっと使用しているならともかく、身体疾患で弱っている患者さんにハロペリドール15 mgは、うーん。その時は確かバルプロ酸のシロップをちょっと入れたらうまく整った記憶があります。確か2 mL(バルプロ酸100 mg)くらいだったかなぁ、使ったのは。せん妄対処の薬剤的引き出しを数多く持っていると、精神科医っぽく見られます(精神科医なんですけどね)。もちろんほとんどが経験的なものではありますが、上の先生にちょっとしたコツなどを教えてもらうといざという時に役立ちます。

 ベンゾは”使いよう”だと思います。不安や不眠にだらだらと使うのであれば不適切ではありますが、ここぞという時にスッと使うと大きな威力を発揮してくれます。ベンゾを出すから悪い医者、という単純なことでは決してありませんよ。もちろん、ここぞという時に処方する時も、こちらの祈りにも似た精神療法をベンゾに乗せていく必要はあります。”うまく使う”というのは、漫然と処方する立場やベンゾを絶対に出さないという立場からは決して見えてはこないのでしょう。自分も出す時は出しますし、飲む時は飲みます。

 自分はせん妄に対し「ハロペリドールは1Aまで」というマイルールがあり、使うならフルニトラゼパムと併用して少しでもハロペリドールの投与量を少なくしようとしています。予防には文献的にも経験的にもラメルテオン(ロゼレム®)やスボレキサント(ベルソムラ®)が良いですね。特にスボレキサントはラメルテオンよりも優れている印象ですが、ガチンコ対決の論文が出ると面白いかも。漢方では酸棗仁湯が好きです。軽いせん妄ならこれにしており、抑肝散はあまり使わないかな?

 いずれにしても、なかなか改善しないせん妄は精神科医のウデの見せ所でもあります。でも忘れちゃいけないのは、基本は原疾患の治療ということ。原疾患が良くなって患者さんもうまく覚醒と睡眠のバランスが取れてくると、せん妄は改善します。精神科医の役割はそれまでの”つなぎ”ですよ。決して精神科医が”なおす”ものではありませんので誤解なきよう…。そこは色んな科や看護師さんに勘違いされているので、苦しいところでございます。。。
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2017
10.06

ラッキーを待つ?

Category: ★精神科生活
 患者さんを診ていると

「僥倖っ…! なんという僥倖…!」

 と実感するようなイベントが起きます。これがなかったら今頃まだ状態が変わっていなかったろうなと思うこともあり、ハプニングは転機となりえます。例えば…

 不安を伴ううつ病で治療中の患者さん。休職をしていてそろそろ動き出す時かな? と思い、患者さんに”今が動き出すタイミング”とあの手この手で伝えるも、自信がなくその一歩がなかなか出てきませんでした。そんな時、お友達から強引に旅行に誘われて断りきれずに行くという事態に。その旅行後、患者さんから「思ったより私って動けたんですね。すごく楽しかったです」と。そこからの回復はスムーズで、復職プログラムも無事にこなして復帰しました。

 これまたうつ病で会社に行けなくなってしまった患者さん。ちょっと長期になってしまい、患者さんは「何か背中を押してくれるようなことがあれば…」と苦笑交じりに。こちらとしてもひと押しほしいなぁと悩んでいたところ、その会社の社長さんから「週に1回、私との面談がてら出社すること」との言あり。その患者さんは立場が上の社員さんで、社長とよくお話をしていたのでした。こちらも「その蜘蛛の糸はしっかり掴んでいきましょう」とお勧めして、患者さんも「社長命令なので、これがひと押しですかね」と。その後は復職が可能になりました。

 こんな患者さんの例は結構あります。下準備が整ってさあどうぞ! とこちらは思っていて外来でもお話ししますが、どうにも一歩が出ないという患者さんはいます。そういう時にこちらが強引に出てしまったり焦ったりするとよろしくないので、少し腰を据えて取り組むようにするのですが、そのさなかに上述のような出来事が生じるのです。そこから折れ線のように患者さんは良くなっていく、なんてことがあります。患者さんを捉えていた何者かの腕が脱臼して外れる、そんなイメージがあります。

 意欲というのは、行動を繰り返して繰り返して、その果てに出て来るもの。身体が重くてやる気が起きない時や不安が強くて大変な時などに動くのは本当に苦しいのですが、そこを突破するのが大切で、そこを外来でどう伝えるか。もちろん向精神薬を必要な時は使いますが、使っても”あと一歩”が届かないことだってあります。こういう時、必要なことをしつつじっと耐えているとまさに僥倖がやってくるのです。

 物理っぽく表現すると、静止摩擦力は動摩擦力よりも大きい、ということかもしれません。物体は動き出すまでに力をより大きく必要とし、動き出してからはそこまでの力が不要になります。高校で物理を選択していた患者さんにはこの例えをすることがあるものの、自分は生物選択(しかもIBだけね)だったのでそれ以上色々と聞かれるとお手上げになってしまいますが…。診療でも、静止摩擦力を上回る力が必要とされます。あの手この手で医者は力をかけて、患者さんが動き出すその最後の力が上述の僥倖なのかしらん。

 「なんだお前、ラッキーに頼ってるのかよ…」と思われても仕方がないのですが、ちょっと視点を変えてみると、その偶然に起きたイベントを患者さんが動く必然、あえて言うなれば確約された僥倖、にするのが医者の仕事の一部なのかも? とも考えられます。医者が外来であまり働きかけないでいると、イベントが起きても静止摩擦力を上回らないのでしょう。そのイベントを最後のひと押しにするまでの基盤を整えるのも大事なのかなと。

 精神療法のうまい先生は、自分であればスルーしてしまうような小さなイベントをも僥倖にしてしまうのかもしれませんし、その僥倖を意図的に起こすことが出来るのかもしれません。もちろん、イベントをほとんど必要としない先生もいらっしゃるでしょう。

 自分で出来るだけのことをして、どんな小さな出来事でも無駄にせず嗅覚鋭くとらえてプラスに持っていく。こんな風に診療が進んでいければなーと思っておりますが、まだまだ道半ばでございます。
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2017
10.01

臨床のワンフレーズ(20):どんな思いがよぎりましたか?

Category: ★精神科生活
 日々の診察の中では、患者さんとお話をすることになります。このお話というのは過去のその人の関係性、そしてこの診察室での医者と患者さんとの関係性がにじみでてくるものでもあります。いろんなメッセージが見え隠れしているとも言えるかもしれません。

 その中で、患者さんの中には”沈黙”する人もいます。沈黙は言葉がないから意味がないわけではなく、それ自体が大きなメッセージになっていると考えられます。黙ることもお話である、と表現できますね。

 しかし、話を聞いているこちらとしては、沈黙というのはちょっと居心地がよろしくないものです。何か言葉を発して破ってしまいたくなるもの。ただ、沈黙を破ればそこにあるメッセージも破られるかもしれません。なかなか難しいところです。

 もちろん、沈黙にはうつ病によく見られる抑制・制止というものや統合失調症に多い途絶というのもあります。今回はそういうのではなく、患者さんの苦悩としての沈黙。あまり予後のよろしくない身体疾患の患者さんで、明らかにその病気が悪化している時など、患者さんは気持ちを言葉で表しづらいものです。その時、沈黙が流れます。もちろん、身体疾患ではなく精神疾患であっても、診察の中で患者さんが話をせずに黙ってしまうことも多く見られます。

自分「○○さん、調子はどうですか?」
患者さん「…この前、健康診断に行ったらがんが見つかって」
自分「…がんが見つかったんですか」
患者さん「色々検査をして、今度手術になるんです」
自分「手術があるんですね。いつになるんですか?」
患者さん「1ヶ月後に…」
自分「1ヶ月、そうでしたか…」
患者さん「…」
自分「…」

 このように、何となく重々しい感じで話がなされ、患者さんはついに黙ってしまいました。こういう時、どうすれば良いか。何が正解かというのは分からないのですが、とりあえず1-2分は待ってみることにします。

患者さん「…」
自分「…」

 それでも患者さんが切り出してこない場合、もっと待つことにメリットはあるかどうか。精神分析的精神療法では40分ずっと待ったなんて報告がありますが、何だかそれは根比べになってしまっているようですし、その部分だけをクローズアップしてもよろしくないでしょう(若いときはそれじみたことをした経験がありますが…)。多くの医者は一般的な診察をしているので、その長い沈黙の部分だけ切り取って輸入してもどうかなぁと思っています。

 沈黙それ自体にはメッセージがあります。多くの場合は苦しみや悩みであり、それがこちらにも伝わってくるかのように、医者の方もつらくなります。できれば逃げ出したい、そんな気分にすらなります。しかしながら、沈黙の流れを断ち切ることは、患者さんのメッセージまでも切ってしまうような感じすらします。でも沈黙は耐え難い…。どうしようかなぁと考えを巡らせることに。

 そんな時、自分はその流れに乗ったまま患者さんに話してもらうような言葉を使ってみます。

患者さん「…」
自分「…」
患者さん「…」
自分「…、○○さん、今この間、どんな思いが頭をよぎりましたか?」

 ちょっと姿勢をより患者さんに向けて、声は低めに静かに。沈黙のさなか、患者さんは伏し目がちです。ここでこっちが名前を呼ぶと、ちょっと顔を上げます。その時に眼を見て、どんな思いがよぎったか? そんなことを問うてみます。

患者さん「…怖いです。私は両親ともがんで死んでいるので、もしかしたらとは思ってたんですけど…」
自分「…そうでしたか。ご両親ががんで…」
患者さん「でも本当に言われるとやっぱり…」
自分「怖い、ですよね。本当に怖いと思います」

 そうすると、沈黙の余韻を残しながら、話が進んでくれます。その時の感情を「そういう状況であれば無理もない」と認証して、それを言葉にしてくれたことを評価します。

 沈黙というのは本当にいたたまれません。そこをちょっとこらえてみて、流れを実感する。そこからそれを壊さないように、感情の吐露をそっと促すような言葉かけをしてみる。それが今のところ自分が行なっている方法です。もっと良いのがあれば、とは思いますが、せっかくの沈黙なので、話題を変えるのはナンセンスとも感じています。感情を先読みして励ましたり慰めたりというのも、ちょっと白々しい。沈黙を活かせるような診察が出来れば、患者さんにも侵襲的でないですね。
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2017
09.16

舌の根が乾かぬうちに

Category: ★精神科生活
 2017年7月に、精神神経学会に(嫌々ながら?)行ってきましたというお話を記事にしました。そこでは


もう当分学会には出ないでおこうと固く決心


 と書いたのでありますが、何と11月に別の学会に行くことにしました!

 まさにタイトル通りではありますが、これは強制されてではなく、自らの意思で決めたのです…! なんと、そんな余力がまだあったとは。

 実はですね、今月に”日本てんかん学会”の会員となりました。会員になるには評議員や正会員の先生がたの推薦が必要なのですが、周りにそんな先生が全くおらず…。この交友関係の狭さが色々と不都合を生み出しているのは重々承知してますが、何ともはや。日本てんかん学会のHPには「そんなアナタ、まずは事務局にお電話を!」という内容の文言が記載されていたので、電話をかけたのであります。

 すると「推薦人の欄は空白にして、用紙にそれ以外を書いて送ってください。推薦人はこちらで探しておきます」とのこと。あ、そんなんで良いんやね…。で、晴れて会員になれたのです。

 ”てんかん”はもともと三大精神病の1つと言われておりました。精神科との縁は長く、古くは満田久敏先生の提唱した”非定型精神病”があります。てんかん、躁うつ病、統合失調症の”あいだ”にあるのが非定型精神病である、いやむしろ非定型精神病が中心であり、それら疾患は非定型精神病から派生しているような印象も一部にありました。とはいえその”てんかん”は立派な器質疾患だということが判明し、精神疾患から外れた経緯があります。そこからてんかんの診療は神経内科がメインとなり、精神科はあまり携わらなくなりました。精神科は、常に不確定な疾患を診る科なんだなぁと実感。器質因が判明すれば精神疾患から外れるんですもんね。ただ、非定型精神病と思しき症状を認める患者さんは無きにしもあらずで、興味深いところです。

 さて、そのてんかんの中には精神疾患と紛らわしい症状を認めるものもありまして、側頭葉てんかんや前頭葉てんかんがその好例です。何もガクガク全身が震えるのだけがてんかんではありません。最近は認知症との鑑別でも話題ですね(認知症がてんかんのリスクファクターでもありますが…)。もちろん、てんかん患者さんの精神症状やPNES(心因性非てんかん発作)は精神科医がしっかり携わるべきものだと思っています。

 さらに、最近はてんかん患者さんのてんかんそのものの治療を新規ですることが多くなり、やっぱりてんかんとその薬剤についてしっかり知らねばいかんな、と思うに至ったのであります。”てんかんなら何でもバルプロ酸”なんていうのはいけません。ちょっと前に、病歴から複雑部分発作の二次性全般化と判断した患者さんが、その前の病院ではプライマリーな全般発作と考えられていた、なんてこともありまして。そうなると治療に用いる薬剤がちょっと変わってきます。ところが、てんかん診療をしっかり行なっている精神科医はあまり多くなく、周囲には全くいません(学会員が周りにいないし…)。

 よって、自分で色々勉強しているのですが、独学のみだとちょっと心細いんですよね、実は。漢方はみんな言ってることが異なる(良い意味でも悪い意味でも)ので、独学で大きなマイナスは少ないと思っています。でも、てんかんは自分の治療に疑心暗鬼となってしまいまして。自信がないんですよね。

 ということで、学会員になって、学会にも参加してみよう!と思ったのです。これまでは学会に参加する意義が分からなかったのですが


自信のない時、自分の現在位置を確かめるために


 と自分なりに考えました。「自分の行なっている治療はどうなんだろう?」「ちょっとしたコツってあるかな?」というのを探しに。精神疾患でも心細さはあるのですが、周囲にたくさん教えてくれる先生がいます。しかし、てんかんはそうでないため、学会に参加してみようと思いました。もちろん今は文献やUpToDateを見れば必要なことが書かれていますが、それに加えて”人から聞く””人が集まっている”ということで心細さを解消しようという目論見なのです(学会の内容だけで勉強なんてのはもちろんダメでしょう)。

 今年の日本てんかん学会学術集会は京都で、11月3-5日に行なわれます。ちょっと行って勉強してきますよ。観光じゃないですからね。本懐は勉強です、たぶん。あー、でも泊まるホテルが錦市場の近くなんですよねぇ・・・。これはヤバい。
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2017
08.29

机をコンコン

Category: ★精神科生活
 精神科で患者さんを診ていると「ドキドキしてきて、それで息が詰まる様な感じがして、死んじゃうんじゃないかとふと怖くなってしまいます」という人がたくさんいます。精神症状であれば、それは”パニック発作” と呼ばれます(てんかんはきちんと除外しましょう)。ただ、この ”ドキドキ” はクセモノでして「本当に不整脈だったらどうするの?」ということになりかねません。特に心房細動はきちんと拾い上げておきたいところ。

 大抵は患者さんも内科に行って「心電図はとったんですけど異常なしと言われました」と話します。でも、発作性の不整脈はそれが出ている時に心電図をとらないと姿を現さず、何も症状がない時に心電図をとっても有用性に乏しいのが歯がゆいですね。

 もちろん、不整脈を持っている人がパニック障害を持っていることもありますし、逆もまた然り。これはてんかんにも言えるでしょう。てんかん発作とPNES(心因性非てんかん発作)の両方を持っている患者さんは少なくないと聞きます。しかも、不安があると心血管疾患のリスクが高まるとも言われます(Am J Cardiol. 2016 Aug 15;118(4):511-9. PMID: 27324160)。このメタアナリシスでは心房細動のリスクは有意に高くはなかったとしていますが、信頼区間の幅も大きく、何とも言えないところ。

 このように、不安は心血管疾患のリスクになるため、「パニック障害だから不整脈や狭心症ではない」とは決して割り切れない。でも、割り切れないことばかりを強調してしまうのもいけないでしょう。それは ”考えないこと” につながってしまいます。その部分をできるだけ分けようとする、それでもちょっと「??」と思うのであれば、その時に併存というのもあるかも…と考えるに至るのがセオリーでしょうか。分けられるところまでは分けようとする努力が大切。イージーに考えてしまってはいけません。

 そんなこんなで、ドキドキがして大変ということで受診する患者さんに対し、自分は不整脈を見つけるために ”机コンコン” をします。

自分「○○さんのドキドキがどんな感じか教えてもらいたいんですけど、ドキドキって色々ありましてね」

 と前置きして、机をコンコンします。最初は

コン  コン  コン  コン  コン…

 これは60-70/minくらいの速さで規則正しく叩いています。患者さんが「これです」と言ったら、それは動悸 ”感” と言うべきものでしょう。次は

コンコンコンコンコンコン

 100-120/minくらいの速さで規則正しく叩いたもの。これだと洞頻脈かな? と思います。150/minを上回る速さであれば、洞性ではないだろうなと察しが付きます。次は

コン  コン      コン  コン…

 ブロックで一拍抜けるものを示しています。次は

コン  コンコン    コン  コン…

 期外収縮。もちろん3連発とかもありますが、実際にやるのは2連発くらいで後は口頭で「今は2回続きましたけど、もっと多く続くものもあるんですよ」とお話ししています。次は

コン  ココン コン    コン  コン

 バラバラに机をコンコンしていますが、これが心房細動。「こんな風にバラバラなのもあるんですよ」と一言。

 これくらいの例を出して、あとは患者さんに「実際に今度ドキドキしたら、自分の手首に指を当てて脈を見てみてくださいね」とお伝え。脈の触れ方も教えておきます。こうすると、ドキドキ出現時の状況が分かります。

 これは、ドキドキの原因が不整脈かどうかを知るためにもなりますが、実際に脈を見てドキドキを判断するということを通して、患者さん自身が症状にとらわれないようにするためでもあります。症状の外に立ってドキドキを観察する眼を持つ、ということ。ちょっとした科学者を目指してもらいます。そして、頸動脈ではなく手首の脈(橈骨動脈)にしているのは、手首は自分の眼で見ることが出来るからなんです。まさに”観察”出来ますね。頸動脈は手で押さえてもそこを見ることが出来ないので。あとは、視点を心臓という臓器から手首にスライドさせる意味もあります。心臓にアタマが行ってしまうと、良い考えには結びつきませんよね。

 これを狙って、自分は机コンコンを日々行なっている、ということでございました。机コンコンの診察の最後は「次の診察で、ドキドキがどういうのだったかを私に教えて下さいね」とお願いします。ここにも隠れたポイントがあって、医者から「教えて下さいね」と頼まれるのは患者さんにとって少し意外さを産みます。医者が教えるのではなく、患者さんが教える。ここに患者さんが主体的に症状と関わっていくための種まきがなされているのでありました。効果のほどは知りませんが(おい)。あとは、患者さんの方から医者に物事を言いやすい雰囲気にするという効果も期待されます。

 ちなみに、上室性頻拍であればバルサルバ手技を教えることがありますが、”息こらえ” ってどう伝えるかが難しいと聞きます。そんな時はですね、患者さんにまだふくらましていない風船をイメージしてもらって

自分「口を閉じながら、イメージした風船を持って口に近づけて、ふくらませるように頑張ってみてください」

 と自分でやりながらお話しします。そうするとより伝わりやすいかな? どこかの本に書いてあった気がしたんですが、忘れてしまいました…。このバルサルバ手技は成功率の低さで有名なものの、この手技を半坐位で15秒行なった後に仰臥位にして45度の下肢挙上をすると、成功率が17→43%にアップするしたという報告があります(Lancet. 2015 Oct 31;386(10005):1747-53. PMID: 26314489)。こういう研究、良いですねぇ(BMJ的だけどLancetに載ったんですね)。
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