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2020
07.29

レジデントにしてもらいたいこと

Category: ★精神科生活
 精神科レジデントほやほやのみなさんは、勤務が始まって4ヶ月。これは反面教師的な部分もあるのですが、レジデントが精神科病院に勤務している時にしてほしいことっていくつかあります。長々と挙げていては大変なので、この記事では2つだけ。

 まずひとつめは


慢性期入院患者さんの生活歴を見ること


 です。

 レジデントが精神科病院に非常勤として勤務すると、割り当てられる患者さんはほとんど慢性期統合失調症患者さんです。病態もまずまず安定している(ように見える)ので、「診察もめんどくさいな」という考えが浮かばないと言ったら嘘になるでしょう。

 その中で、やる気や情熱といったものが薄れていきます。キレイゴトを言うつもりはなく、これは誰しも多かれ少なかれ経験することです。毎週毎週同じ発言を繰り返す患者さんを診ていると、そりゃあやっぱり…ね。

 そういう時に、患者さんの生活歴を見てほしいのです。古いカルテを持ち出して読んでみると、凄惨な人生を歩んできた方々が多くいることに気付かされます。精神症状によって、ご家族から見放された、仕事を何度も解雇された、離婚せざるを得なかった、婚約が破談になった、ご家族を殺害してしまった、などなど…。病院で何事もなく過ごしているはずのこの患者さんの過去にそんなことがあったのか、と驚かされます。そして今はご家族が面会にほとんど来ず、その孤独をどう感じているのか、孤独を感じないように感情を平板にしているのか…。

 過去を知ると、患者さんのつらさがほんの僅かですが見えてくるような感覚がします。すると、医療者は、少なくとも医療者は患者さんにやさしくありたい、患者さんの味方でいたい、と思うに至るでしょう。その気持ちが芽生えて初めてレジデントは患者さんにとっての医療者になれるのかもしれません。

 さて、ふたつめは


病棟で患者さんに挨拶をすること


 です。

 確か中井久夫先生や星野弘先生が「病棟を耕す」とおっしゃっていたように記憶していますが、やっぱり挨拶は大事。病棟に入ったら、すれ違う患者さん、座っている患者さん、立っている患者さんに「こんにちは」とニッコリ挨拶をしてお辞儀をしましょう。高齢の患者さんなら、少しゆっくりに。これ大事。

 病棟に入ることに関連しますが、診察をどこでするかというのは色んな考えがあります。自分は患者さんのところに行って、そこでお話をすることが多いです。患者さんが広場に座っていたら、そこで。病室にいたら、そこで。病棟の診察室の方が「プライバシーが保てて良い」「診察って感じがして診てくれている気がする」などの意見もあるでしょう。いっぽうで、患者さんのところに行ってそこでお話をすると「わざわざ自分のいるところまで来てくれる」という気持ちが出ることもあります。もちろん医者が突っ立って話をしちゃいけません。隣の椅子に座る、しゃがむ、ベッドに座る、などをして目線に注意します。

 病棟の診察室(多くはナースステーションとつながっている)だと、看護師さんが患者さんを呼んで医者は待っている、というスタイルになることが往々にしてあります。だから、医者が病棟に出ていかなくても済むと言えば済む。いっぽう、患者さんのところに行くのなら、必然的に医者が病棟内を歩くことになります。もちろん、病棟の診察室を使う場合も医者が患者さんを呼べば良く、自分も診察室を使う時は呼びに行きます。

 医者が病棟に出る。これをこころがけて、他の患者さんにしっかりと挨拶をします。中にはこちらを見ずに黙っている患者さんもいますが、無視しているわけではないのです。そういう患者さんが実はこちらの名前を覚えて、ふとした時に「m03a076d先生…」と、ポツリと声をかけてくれることがあるのです。担当ではない患者さんも「m03a076d先生!」と話しかけてくれますし。名前でなくても「先生!」と言ってくれたり「こんにちは!」と言ってくれたり。ちょっと病棟に活気がでるというか、そんな感じになります。患者さんはこっちの知らないところでお互いに情報交換をしており、いろんな先生の名前や特徴を知っています。よく「患者さんは陰性症状主体で自閉的」と表現されますが、はたして本当にそうなのか…? むしろ、病棟に出ていかない、病棟に出ても患者さんに挨拶せず足早に通り過ぎる医者のほうがよっぽど「陰性症状主体で自閉的」なのだとあえて言います。ちなみに、統合失調症の”4つのA”の中で”自閉 Autism”を挙げたブロイラー先生は、自閉という言葉に内的世界の豊かさを指摘もしていました。その特色はいつの間にか抜け落ちてしまい、他者と関わりを持たないことを自閉と表現するようになりました。今回自分が使った自閉も後者の意味です。

 患者さんに顔を売っておくわけではありませんが、自分を少し知ってもらうことで、例えば当直時にある患者さんが病棟内で興奮状態になって診察に行っても、知らない当直医が診るのと名前と顔を知っている当直医が診るのとでは、患者さんにとって印象がぜんぜん違うでしょう。
 
 ということで、生活歴を見ること、そして「医者よ、病棟に出よ!」ということ。この2つはぜひ。
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2020
07.14

白衣大作戦

Category: ★精神科生活
 自分が勤めている病院は、白衣が支給されます(病院名が刺繍されているもの)。最近はそういう病院が増えましたねー。研修していた大学病院もいつのまにか専用の白衣になりました。

 今の病院で支給されている白衣は、ペラッペラなのはまぁ良いとして、自分が背も低くて細めだからかもしれませんが


女性用


 なのです…。事務のかたから「先生、探したんですけどこれしかなくて!」と渡されたのが、女性用の小さめ白衣。以降、新たに男性用の白衣を受け取るわけでもなく、そのまま○年経過。たぶん忘れられている。

 それでもバッチリ?決まっているのでまぁ良いか…と思い込んではいたのですが、やっぱりボタンすると右前と左前で違うしなぁ…、ちょっと格好がつかんなぁと考えて(いまさら)。

 支給されたものではない白衣を着ている先生もいることだし、せっかくだから7年ぶりくらいに自分で買うか! どういうのがいいかなと物色していたところ思い出したのが


そういや10年以上前に採寸してもらったお店があったな…


 という事実。そこでまた作ってもらうのも良いんじゃないかな?と思いましたが、「まだ記録残っているのかな…」という不安もあり。カルテだって義務付けられている保存期間は終診から5年だし…。いちおう電話してみると



残ってたらしい!



 お、すごいね…。体格もほとんど変わっていない(当時よりは太ったけど)ので、その10年以上前のままで作ってもらうことにしました。当時も名前を刺繍してもらっていて、それを伝えると

「刺繍の色はどうしますか?」
「あ、前も白で入れてもらっていたので今回もそれで」
「白ですか! 先生、オシャレですね…」


もっと褒めてくれ!


 というか褒め上手なお人やな…。白衣って白だから白のネームなんて目立たないじゃないかと思うかもしれませんが、そこがオシャレなんだなぁ(自分で言うか)。

 で、1ヶ月後に到着しました。3着買ったので、かなりもつはず。
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2020
06.28

音沙汰がなくっても

Category: ★精神科生活
 薬剤治療がなかなか奏功せず、自分で心理療法を導入して治療することがあります。でもやっぱり自分は薬剤治療家なので、「これどういう薬の組み方すればええんかな…」と考えます。

 薬剤でできるところは薬剤でやりたいし、守備範囲外であればそこは追いかけない。薬剤治療家はそういう戦引きのできる専門家だと思っています。何でもかんでも薬剤でゴリゴリ押していくのは違うんじゃないかなぁと。もちろん、そのレベルによって薬剤で行けるかどうかは変わってくるのでしょうけれども。

 ある疾患で、「心理療法もやってるけどもうちょっと薬剤で行けないかなぁ…」と悩んでいることがありまして、色々と文献検索をしてみたら、「へー」と思えるようなケースシリーズを見つけました。しかも、小規模ながら日本で二重盲検試験が行なわれていたようで、UMINを見てみたら試験そのものは終了しており、最終更新が2019年3月。

 でも公表されてないんだよなぁ…。どうなったんだろう、雲行きが怪しいと思いながら、でもこっちは患者さんに何とか良くなってもらいたいと思っているし、よし!と思って、責任研究者になっているある大学の教授に思い切ってメールを出してみました(UMINの登録情報に記載されてある)。


患者さんの治療でめっちゃ困ってます。この二重盲検は未公表になっていますが、結果をほんの少しでも良いので教えてちょ…


 という内容で。もう泣き落とし作戦ですよ。

 そうしたらなんと、



完全にスルーされてます!



 2週間以上ナシのつぶて。なんだよー無視かよー、と思いつつも、まぁこんな田舎の精神科医から突然変なメールが来ても相手にせんだろうなぁと、合理化しています(迷惑メールに振り分けられた?と性善説に基づいた解釈もあり)。

 でもケースシリーズでかなり有効な印象で、患者さんの背景も似ている。かつその薬剤も昔からあるふるーいもので、副作用もしっかり熟知されているもの(かなり安全でお安い薬剤です)。そして現状を考慮すればトライする価値はある、と判断しました。二重盲検試験のお返事がなくたって別に良いもん…。

 ちなみに、頼むから効いてくれ…というお祈り状態。今やっている心理療法はちょっと長い目でやっていく必要のあるものでして、今の状態で患者さんが苦しむのを見るこっちも心苦しい。少しまだ薬剤的には手があるので、それも考えながらやっていこうと思っています。がんばろう。
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2020
06.25

唯一の細い糸

Category: ★精神科生活
 外来をやっていると、ちょっと特別な感情が湧いてくることがあります。統合失調症患者さんに対してが代表的で、「何気ない診察だけど、この患者さんはこれでかろうじて世界とつながっていられるのかもしれないな…」という、ちょっとおこがましい・うぬぼれているともとられそうですが、そんな感情。他にも、悲惨な生活歴から、他人が信じられない・自分も信じられない、という患者さんもいます。そういう人が外来に定期的に来てくれる、少し話をしてくれるというのは、担当医という他人の代表者を初めて信用するようになってくれたのかな、とも思います。

 一人暮らしであったり、家族と一緒に暮らしていてもほとんど会話もなく引きこもっていたり、それで月に1回の外来だけが外に出てくる機会になっているような患者さん。また、なんとか社会生活を送っていながらも、心の底から他人を信用できなくなっている患者さん。そういう人たちはたくさんいます。そういう関わりの中で、ふと、上記のように思うことがあります。

 精神科には「外来担当医が何らかの事情で急に休んで当番医が診る場合、外来がちょっとザワザワしていたらその担当医は二流だ」という言い伝え?的なものがあります。宮岡等先生の『こころを診る技術』にもそのような内容が書かれていました(患者さんを依存させちゃっているダメな治療医、ということ)。

 自分も若い頃はそれを真に受けていたのですが、今は少し違う気持ちです。確かに宮岡先生がおっしゃる面はあるでしょう。でも、担当医を通して世界とつながっている、ともするとサァっと崩れてしまいそうな、そんな彼岸と此岸のあいだにいるような患者さんもいるのは事実(と思っています)。特に単科の精神科病院は様々なところから紹介を受けているので、最後の砦のようなところとも言えるでしょうか。本当にいろんな人がいます。

 もちろん、いつまでも担当医にべったりでは悪い依存を生むことになってしまうのでしょうけれども、そういう”良い依存”の時期を経ていく必要のある患者さんもいるのではないでしょうか。そういう患者さんにとって、担当医の突然の休みというのは、つながりの蜘蛛の糸が切れてしまいそうな、そんな気持ちになるかもしれません。ザワザワしてしまうのもむべなるかな。自分には、そんな治療者を”二流”と切って捨てるようなことは言えません。

 患者さんの中には、一人の時間を生きている人もいます。孤立していて、こころの奥では人と触れ合いたいけど、それも怖くて、というつらい人生。その中で、担当医の何気ない言葉、例えば季節の挨拶でも良いのですが、

「桜が綺麗に咲く季節がやってきましたね」
「梅雨時だから食べ物傷みやすいですよ。気をつけて」
「暑くなりますからね、熱中症にお気をつけください」
「最近、朝が寒くなってきましたね」
「インフルエンザが流行り始めたので、気をつけてください」
「次回はもう来年ですね。早いですけど良いお年を」

 こういう何気ない言葉をかけてくれる人が、診察室にいる。それは患者さんにとって「この世界にいても良いんだ」「気にかけてくれる人がいる」という印にもなりえます。

 つらい生活歴を持った人に対しても、困ったことを否定せずに聞いて、時に一緒に困り、時にちょっとしたアドバイスをする。患者さんがそのアドバイスを受けても受けなくても、治療者として変わらず大らかな姿勢でいる。診察室にいるそんな担当医が、患者さんがいまを生きていくための安心基地になっていることもあるでしょう。

 担当医というチャンネルを通して世界を見て、そこから一歩を少しずつ、ゆっくりでいいので踏み出していく。そんなとっかかりになれれば、精神科医として嬉しいなぁと思っています。依存させたらダメなんて、酷な話です。誰かに寄りかかりたいけど怖い、そんな患者さんが初めて実際に寄りかかってくれそうになっている。それを「依存は悪」という視点でしか見られないのは、どうなのでしょうか。「寄りかかっても良いよ、そこから世界を見ていこうね」のような態度こそ、治療者なのではないか、そう信じています。
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2020
06.18

患者さんを思うこと

Category: ★精神科生活
 若い先生には「仕事が終わったらスイッチを切り替えよう」と話しています。これは、仕事一色になってしまうと日常生活に支障が出て、それが治療者のゆとりを奪い、結果的に診察にも反映されてしまうかもしれないから、なのです。その状態だと診察もうまくいかず、さらにそれで仕事が終わっても気が晴れず…という悪循環。治療者にある種の余裕がないと精神科の診察にノイズが入ってしまい、適切なタイミングでの言葉かけやジェスチャーなどが生まれにくくなるのです。

 とはいえ、やっぱり悩みます。「あの患者さん、どうやったら良くなっていくかなぁ…」というのは、普段の生活でもふと考えてしまいますし、それが勉強の原動力にもなるのでしょうね。患者さんを診る立場からすると、当然のこととも言えるでしょう。そのため、いわゆるプライベートの状況でも診療のことが気になるのであれば、まずは一般化してみましょう。例えば、


「”あの患者さん”の治療ってどうしたら良いんだろう…」→”老年期うつ病”の治療法


 ということですね。そうやって意識をして、自分自身の勉強に努めることが肝要です。治療抵抗性の強迫性障害、パニック障害の増強療法、などなど。できるだけ他の患者さんにも応用可能な形にしてみます。

 それでも、どうしても特定の患者さんが頭に浮かんで、「”あの患者さん”、どうしたら…」となる場合は、次に


どうすれば良いかを書き出してみる


 頭で考えているだけだとどんどん深みにハマってしまいます。そのため、自分は「困った、これは困った…」という事態に遭遇したら、Wordを立ち上げて何でも良いから思いつく対処を打っていきます。論文ももちろん調べながら、そこから出てくる連想も交えてどんどん打ちます。そうやって外に出すと、ちょっと冷静になれるのです。自分の考えをまさに文字通り眺めることができるので。

 そうは言ってもこころの奥底では「あの患者さん、何とかしたい…!」と考えてしまいます。良くならないのに頑張って来てくれています。それに報いたい、と思うのです。そんな時


なぜその患者さんのことが自分は気になるのか
なぜその患者さんに自分はこだわるのか


 をじっくりと思い巡らせてみることをオススメします。父親的な役割を自分が持っているのかもしれない、ともすると性愛的な対象として患者さんを見ているのかもしれない、患者さんの状態が昔の自分と重なっているのかもしれない、昔うまく治療できなかった患者さんとそっくりなのかもしれない…などなど。

 精神分析をする先生は教育分析を受けるべきだと言われますが、その理由の一端もこういうところにあるのでしょう。敵を知り己を知れば百戦殆うからず、と言います。患者さんはもちろん敵ではないのですが、患者さんを知り己を知れば、ということでもあるでしょう。その己を知ることが教育分析になるのでしょうし、仮に教育分析を受けていなくても、常に「この患者さんのことが気になるのは自分がどう患者さんのことを思っているのか、自分の昔との関係もあるのか」という、治療関係における治療者成分?的なところを意識するのはとても大事です。何でも患者さんのせいにして「投影性同一視!」「抵抗!」「巻き込み!」などと思うのはご法度です。治療関係の中で患者さんがどう振る舞うのかは、治療者の関与を抜きにしては考えられません。すぐに「投影性同一視」と言いたがる若い精神科医もいるので、そこは注意。知った用語を使いたくなるのかもしれませんが、分析に詳しくない医者が分析の用語を使いまわすことには危険性が伴います。

 なぜこんな話をしているのかと言うと、今とっても気になっている患者さんが自分にいるからなのです。これくらい気になるのは本当に久しぶり。もちろん他の患者さんは手を抜いているとか、そういうわけではありません。外来に来る患者さんはみんな苦しんでいます。しっかりとみんなの治療を考えることが大切。その患者さんには本当に良くなってほしいと心の底から思っているのですが、贔屓の引き倒しになってはいけません。そのため、その気持ちがどこから来ているのかを、ゆっくりと考えねばなりませんね。

 精神科医として経験を積むと良い意味で脱力してくるのではありますが、まだ自分にもこういう若さが残っていたのだと実感します。若さは時として盲目となり、その患者さんしか見えなくなり、他の診療に支障が出てしまいかねません。でもその若さがまたひたむきさやさらなる経験を生み、治療者としてのレベルアップにもつながってくれるのでしょう。レジデントの頃の気持ち、研修医としての気持ちを忘れずにいたいものです。

 医者が患者さんの幸せを願うのは当然のことです。そこに不思議の余地はありません。でも、医者ができることは医療的(社会・福祉を含む)な介入によってである、という線引きは必要です。そこを超えてしまったら、わたしーあなたの関係になってしまったら、破局を迎えてしまうでしょう。わたしーあなたの関係になりたいと思うことは悪くないのです。そう思う気持ちがどこから来ているのかをしっかり認識しつつ、医者として関わることが大事なのです。と、自分に言って聞かせているのであった(患者さんが心配で最近眠れなくなってきちゃったよ…)。
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