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2020
06.15

非特異的な項目を大事にしましょう

Category: ★研修医生活
 今回も研修医向けの話題。4月以降ちょこちょこ出てきていますが、さすがにそろそろおしまいにしようかなぁ。

 で、今回は、入院患者さんの診察でチェックすること、です。これ、実は自分のいる病院に研修医の先生がローテートしてきた時、話題にしているのであります。精神科のない病院で研修をする先生は、精神科のタームのみ提携している精神科病院に来ます。うちの病院はそれをやっておりまして。

 例は、分かりやすいので肺炎にしましょうか。

 げっほげほの咳と痰で、状態も悪くヘロヘロになって入院した患者さんがいたとします。自分が担当医となり、抗菌薬で治療を開始。さて、どういったところに注目していくでしょうか。研修医の先生に聞くと

「熱、白血球、CRP」

 というのがまず返ってきます。みんな数値好きやなー。そこで、「発熱と血液検査以外でって言われたら?」と聞くと

「ほかのバイタルとか、咳とか、痰とか、肺の音とか…」

 といった返答が返ってきます。というか、それくらいであまり広がってきません。ちょっと勉強している研修医の先生なら「呼吸数」が出てきます。「グラム染色の所見」と答えてくれた先生は3年間くらい見たことがありません…。自分が研修をした病院は救急外来にもグラム染色キットが置いてあって、けっこう染めていたんですけどね…(今はもうどうやってやるか忘れてしまった)。ちなみにレントゲンは臨床的な改善から少し遅れて所見が良くなってくると言われているので、リアルタイムで追うにはあまり向かないようです。

 で、このような疾患にやや特異的な所見(呼吸数は異なりますが)を挙げておしまい、だとちょっと寂しい気もします。日々の診察も単調になりがちではないでしょうか。

 そのため、私としては”非特異的な所見”をお勧めしています。例えばそれは、朝に新聞を読めている、少し上体を起こせるようになっている、ご飯の摂取量が増えている/美味しく食べることができ始めている、表情にいくばくかの余裕が出てきている、目や声に力が出てきている、すっきり排便できている、「ちょっとヒマだな」と感じている、お菓子を食べる時が出てきている、などなど。

 こういう何気ないところ、患者さんにちょっと余裕が出てきたところが、改善を示す指標になってくれます。そういったところを探す目を養っておくと、意外なところに気づける観察眼の下地になってくれるかもしれません。ということで、ぜひですね、ちょっと軽視されがちな非特異的な所見というのを大事にしてみてください。

 ちなみに、自分が研修医1年目の頃、呼吸器内科をローテーションしていた時のこと。何の病気かは忘れてしまいましたが、患者さんが朝に新聞を読んでいたので、カルテに「新聞の細かい字を追えている」というような記載をしたところ、指導医から「さすが精神科医!」と褒められたのです(精神科志望であることはローテ初日に伝えていました)。数少ない成功体験で気を良くした自分は、ナントカのひとつ覚えのように毎日「新聞を読めている」ばかり記載して

「お前そればっかり書きすぎ」

 と今度は怒られた過去がありまして…。ま、何でもホドホドにということですね。
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2020
04.26

じっくり掘り下げればいろいろ分かる

Category: ★研修医生活
 4月から臨床研修が始まった初々しい皆さん、いかがお過ごしでしょうか。病院によって色んな研修スタイルがあるかと思いますが、研修を活かすも殺すも自分次第、ではあります。

 そこで、以前にも記事にしたことがありますが、これはお伝えせねばなりますまい。



診る患者さんの数で勝負をしないこと!



 病棟で担当した入院患者さんの数、救急外来で診た患者さんの数。こういう分かりやすい”数字”は、なんとなく自分の技量を推し量るものと思われがちではないでしょうか。もちろん、一部はそうでしょう。

「いやー病棟の患者さん20人任されちゃってさぁ」
「昨日の救急外来、70人診たわー」

 など、数でマウントを取ってくる研修医は必ず出現します(予言)。それを聞いて焦ってしまうかもしれませんが、その必要はない、と断言しましょう。数を診ることでいわゆる”さばく”力は付くかもしれませんが、数の勝負はひとつの疾患をしっかり勉強するには不向きなのです。そして、その”さばく”力は、前期研修が終わって後期研修に移れば否が応でも身につくものです。

 診る患者さんが少なくても、できることはたくさんあります。例えば、胸痛患者さん。

 胸痛を主訴とする鑑別疾患はたくさんあります。そのひとつひとつの好発年齢や典型的なプレゼンテーション、病歴や診察の感度特異度、診断や除外に必要な検査、そして初期治療…。さらには、病歴の聞き取り方や診察の仕方、心臓の超音波のテクニック、心電図の見方などなど…。

 入院患者さんであれば、輸液や栄養療法の知識も必要になってきます。電解質の異常も多く、その原因を考えて、補正もする。

 これらを、一人の患者さんを診ることでトコトン勉強できるのです。数を診るタイプの研修では、このトコトンの深みがどうしても出てきません(忙しい!)。大勢を診ることに追われて、ひとつひとつの疾患、疾患同士の類似点や相違点などを掘り下げられないのです。

 診る患者さんの数が少なければ、そのひとりからできるだけのことを吸収すれば良いのです。ある意味、患者さんは身を犠牲にして私たちに知識の場を提供してくれると言っても良いでしょう。「患者さんは先生」なんて生易しいものではありません。先生は傷つきませんが、患者さんは容易に傷つくのです。表現は悪いのですが、私たちは多かれ少なかれ患者さんで練習していく存在。大げさに言うと、患者さんに部分的な死をもたらす存在なのです。「この患者さん、自分が担当していなければもっと良くなっていたのではないか…」と後悔の念に駆られることも出てくるでしょう。それは部分的な死を感じ取っていることに他なりません。

 同じ”診る”なら、ひとりの患者さんから多くのことを得るべきでしょう。それが傷ついていく患者さんに対するせめてもの礼儀です。患者さんは、身を削りながら医療者に場を提供する。これを知ると、自然と身が引き締まります。そのような思いは、上級医から説教されて身につくものではなく、ある”こと”を知ってから自然発生的に生まれるものなのです。

 患者さんを”さばく”のは、礼を欠いているとも言え(忙しいと仕方ないんですけど…)、個人的には、そのような研修は望ましくないとも思います。研修病院の中には「たくさんの患者さんを診ることができます!」をウリにするところもありますが、それよりもひとりの患者さんとじっくり向き合うタイプの病院をお勧めします。

 ”さばく”スピード? そんなの遅くて結構。ひとりの患者さんには、数多くの勉強内容が詰まっています。比喩的に言うならば、患者さんの削られた血肉をむしゃぶり尽くすかのような、そのようなスタイルが望まれるのです。それによって”受肉”がなされることでしょう。自分が研修した病院がそんなにガツガツと数を診るスタイルではなかったのですが、その自己弁護ってわけじゃないですよ、念のため(たぶん)。

 でも、勉強せずに「ヒマだなー」で研修を過ごしていたら、質も量もダメダメですからね! そんなんだったら、”さばく”スタイルのほうがよっぽどマシです。
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2020
04.11

目線の意識を

Category: ★研修医生活
 少し前に新研修医の先生がたに向けて「カルテは日本語で入力しましょう」というお話をしました。今回も研修医向け。

 それは、言い尽くされていることではあるのですが



目線の高さを患者さんに合わせること!



 です。この前レジデントが病棟で診察をしているのを偶然見たのですが、患者さんはベッドに座って、彼は突っ立って見下ろしながらだったのです。あらら…と思ってしまいました。

 患者さんの目線に合わせるため、もしくはちょっと低めにするため、医者はしゃがんだり中腰になったり、ベッドの横にイスがあれば「ちょっとイス借りますね」と言ってそこに座れば良いのです。理想的には座ることですね。中腰は急いでいるイメージを持たれることがあるので、患者さんが気を使ってしまうことが多々あります。

 これは基本のキです。だからこそ、研修医の間は意識をしていてもレジデントになってついついそれを忘れてしまうかもしれません。初心忘るべからず、ということで心に留めおきましょう。

 外来でもそうですね。外来だと患者さんも医者もイスに座りますが、そのイスの高さに気をつけるべきなのです。できるだけ患者さんよりも目線が高くならずに調節する必要があります。ただ、中にはかなり高圧的な患者さんもおり、その場合、自分はちょっとイスを高くしています。強く出られると困っちゃうので、意識に上らない程度の牽制的な。もちろんパワー勝負をすべきと言っているわけではありません。

 目線の高さを同じもしくはやや低めにするのは、いわゆる接遇という面だけではありません。必要な情報を得るためでもあります。なぜなら、患者さんにとって上から話をされる/聞かれる、というのは威圧される感覚を生み、そして萎縮を生むからなのです。患者さんが萎縮してしまうと、問診でも必要なことが語られにくくなってしまうでしょう。診察の”場”に余計なノイズを持ち込まないようにします。

 適切な医療を行なうためにも、目線への意識は欠かせないのですよ。

 ポリクリの始まった学生さんは、ぜひ仲間同士で”ベッドに横になった状態で、横に立った医者(役)から覗き込まれて診察を受ける”という疑似体験をしてみてくださいね。ちょっと圧迫される感じを受けるはずです。自分みたいに、学生時代に気が置けない仲間がいなかった人は、4月からの同期、すなわち研修医同士でトライしましょう(かなしい)。
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2020
03.21

分かるように書こうぜ

Category: ★研修医生活
 さて、国試の結果も出て4月からは研修医!という学生さんも多いかと思います。そうでない人はもう一年がんばりましょう…。

 ここで大事なのは、4月からの研修。そりゃそうだよな、何を当たり前なことを書いているのだ。最初のローテ先では電子カルテの使い方を知るところから始まるのですが、できるだけ早く覚えましょう! 純粋な臨床以外のところで労力が摂られるのはもったいないのですが、覚えるしかない。電子カルテってつくってる会社によって使い方が全然違うから、もう大変。何とかならんのでしょうかね。でもって、タッチタイピングも必須技術です。最近の若い人はスマホを多く使ってパソコンをあまり使わないと聞きましたが(本当かどうかは知りませんが)、カルテ入力をするなら怒涛のタッチタイピングをマスターするのです…!

 で、このカルテというやつですが、これは


みんなが見るもの


 です。カルテを打つあなたや指導医だけのものではなく、看護師さんだって見ます、薬剤師の先生だって見ます、状況によっては作業療法士さんだって理学療法士さんだって、様々な医療関係者が見ます。カルテ開示の請求があれば、もちろん患者さんだって見ることが可能です。とにかく、色んな人が見るというのを意識しましょう。

 そこで大事なのは



日本語で書こう!



 ということ。

 いいですか、これは予言ですが、研修医の同期や先輩後輩の中には、必ず1人は英語をやたら使う人が出てきます! 疾患についてディスカッションするときも医学用語の一部が英語になります。お前はルー大柴か!と言いたくなるし、そしてルー大柴本人って実は英語話せるし茶道は師範なんだけど今はそういうのはどうでもよくて。

 そう、つまり”イキリ研修医”が必発なのです。そして、そのイキリ君は、カルテにも英語がちょこちょこ入ります。で、『pocket medicine』に書かれてあるような略語を多用してきます。ちなみに精神科だとドイツ語を操る異次元のレジデントもまれに存在します(頭おかしい)。

 良いですか、繰り返しますが、カルテはみんなが見るものです、そしてみんなのものです。自己満足・自己陶酔でしかない英語によるカルテ記載は禁忌です! みんなが読める言語で書くようにしましょう(グレードA:強い推奨)。

 これは忘れないでおいてください。母国語でやさしく、みんなが見て分かるように書くのです。良いですか、研修医の2年間のみならず、ずっとですよ。

 そういうワタクシは紙カルテの病院で自分でも読めないようなきったない文字を綴っています(だめじゃん)。
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2019
04.24

数じゃなくたって

Category: ★研修医生活
 以前にも同じようなことを記事にしましたが、研修医同士の力くらべで”担当患者さんの数”というのがあります。

 入院患者さんをどれだけ担当しているか、というのは数で表されるので比較もしやすいでしょう。そして、指導医が信頼しているからたくさんの患者さんを担当させるというのも確かにそうかも知れません。一部の病院では、たくさんの患者さんを持たせることをウリにしているところもあり、見学に行く学生さんも「たくさん持ってスゴイ!」と思いやすいのも事実。

 これはあくまで個人的な意見ですが、もし自分が指導医という立場に立つのであれば、”担当患者さんは多ければ多いほど優れている”という考えにはちょっと反対です。もちろん、今たくさん患者さんを持っている研修医は頑張っている証拠だと思うので、それを否定するつもりは一毫たりともありません。

 でも、担当患者さんが少ないからと言って、そこから得られる知識が少なくなるということはまったくないと言っても良いでしょう。例えば、膵臓がんで入院している50代男性を担当したとします。そうしたら、膵臓がんの好発年齢や予後やリスクファクターを調べますし、初発の症状が例えば全身倦怠感だとしたら、それを来たす鑑別疾患を挙げて、同様にそれら疾患の勉強も必要。転移による症状への治療や、化学療法による副作用とそれの治療、疼痛緩和などの緩和ケアスキル。そして、そのがん患者さんがどうやってがんと死に向かいあっていくのか…。

 これらを丁寧に勉強すると、数週間では終わらないかもしれません。ひとりの患者さんでもじゅうぶんに知識というのは付いてきます。たくさんの患者さんを持つと、上辺の症状のみへの対処に追われ、なかなかそういう時間はつくれない可能性があります。要は、量より質でいくか、質より量でいくか。若手のうちは、量を指標にしてしまいがち。でも、量でなくても、質で勝負は可能です。

 しかし、そのためには「持っている患者さんが少ないから、そこを逆に活かして勉強しなくっちゃ」という意識が必要です。ぱぱっと患者さんを診て余った時間をぼーっと過ごすのも、たまには良いかもしれませんが、ずっとそれを行なってしまったら、量を診た研修医には到底敵いません。

 たくさん診ることは、”さばく”能力が身につきます。それは大事であることは言うまでもありません。でも、研修医のうちは少ない患者さんでじっくりしっかり、というのも悪くないのでは?と思います。”さばく”能力は後期研修医になったら否が応でも身につくので…。ま、確かに救急外来にやってくる患者さんをどんどんさばいていく姿はカッコいいものがありますが…(”さばく”という言い方はあまり良くないでしょうけれども)。

 たくさんの患者さんを診られる大病院も確かに良いかもしれませんが、小さな病院の研修だってそれに比肩するものになりえます。多くの医者が「研修はどこの病院でもだいたい同じようなもの」と言うのは、このことを指しているのでしょう。

 ちなみに、自分が研修した病院はまったく人気のない大学病院であり、担当患者さんも市中に比べて多くなく、しかも市中でやっていけなくなった研修医を受け入れることも多々ありました。科によってバラツキがありましたが、基本的には少ない患者さんを診るタイプだったと言って良いでしょう。自分の性格上、それで良かったなと思っています。市中に行っていたら潰れていたかもしれん…。
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