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2037
12.31

ブログ紹介

Category: 大項目
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皆々様。
平素より大変お世話になっております、m03a076dです。
このブログは、研修医や若手精神科医を対象にした話がちらほら出てきます。でもメインは自分の気になったことをちょろちょろっと記すこと。最近はやはり本業の精神科の話が多くなってしまっています。

気楽にご覧下さいませ☆


*このブログではたまに患者さんとの会話例が出ています。その時に記載している基本的な情報、たとえば年齢や性別や受診の時期など、これらはプライバシー保護のため改変しています。また複数の患者さんの情報や会話内容を意図的に混ぜています*


思い立ってしでかしたこと
 はっと思ったらやはり実行。後悔することはあっても、いつかは懐かしい記憶となってくれるかもしれません。実行と言っても、他人様の迷惑にはならないようにしましょう。最近は名古屋な雰囲気を醸し出してます。


鶴舞公園をお散歩
 名大病院の向かいは鶴舞公園というところで、さくら名所100選にもなっています。花菖蒲や紅葉なども綺麗で、四季を通じて楽しめる公園。


コメダ珈琲店について少し
 名古屋在住なので、代表であるコメダ珈琲店へたまに行っています。その中でちょろっとご紹介をば。。。網羅的なものではなく、ピックアップする感じでございます。


名古屋大学医学部附属病院前期研修について
 自分の前期臨床研修先であった名大病院について、主観で眺めてみました。名大病院ってどんなとこ?と思っている方、少し参考にしてみて下さい。ただし、2015年に少し手を加えたものの、2009~2011年までの情報がメインなので、とても古いです。どんどんプログラムは良くなってきている感じはしています。また、名大病院に限らず学生さんが病院見学をする際にどういった点を見ると良いか、ちょっとですが書いてみました。


臨床研修はじめの一歩
 学生さんや研修医を対象としたレクチャー。その多くは救急外来や研修医相手の勉強会で話した内容から成っています。深くは立ち入らず、入門として・総論として。研修医の時に知っておきたい心構え的なものとお考え下さい。”診断学・感染症・輸液・検査項目(主に救急外来)・栄養療法”についてお話ししています。また、輸液と栄養療法とに絡めて、SIRSについて名古屋大学医学部附属病院集中治療部教授である松田直之先生の考え方に触れてみています。その他は補足としてまとめています。
 個人的には色々とアップデートしたいんですが、どうにもその時間が…。


研修医救急勉強会でのポイント
 名古屋大学医学部附属病院では月に1度、朝に研修医が救急勉強会をしていました。現在は他の科の先生がたが様々な勉強会を開いていて研修医が忙しくなったという理由で、廃止に…。


精神科臨床はじめの一歩
 精神科医は精神科医でも、若手、特に1-2年目が身の丈に合った非侵襲的な接し方をするにはどうすれば良いか。そんな思いから、治療的態度・精神病理学的知識・分析的思考について10回+1回にわたって考えてみました。おまけとして初心者やご家族や患者さんに読みやすい本の紹介もしています。
 これもそろそろ記事を新しくしたいのですが、そこまでのキャパがない…。


精神科臨床のワンフレーズ+α
 日常臨床で患者さんに送るちょっとした言葉を掲載。薬物治療をしっかりと行うことと前提としているため、構造化もしてませんし分析的な深い考察もしていません。裏を返せばどんな治療者でも使えるということになるでしょうか。支持的でちょっと背中を押すような、そんなフレーズ達。そして、フレーズに限らず精神科臨床での会話などもまとめました。


精神医学ピックアップ
 記事の中から病態や向精神薬の関連で精神科1-2年次向きなものを選んでみました。ちょっと前にまとめたものは記載が甘いものも散見されますが、ご了承ください。


お薬と偶像崇拝
 お薬の中には、キャラクターが存在するものも。イスラム文化圏では決して許されないこと(?)。可愛いのもいれば、変なのも。期間限定なのか?それともリストラされてしまったのか?と思うくらいにもはや姿を見かけなくなったキャラも。でも皆さんそれなりに頑張って製薬会社の看板背負ってるんですよね。自分が持っているものをご紹介していきます。なので精神科領域がどうしても多くなってしまうかも。
 しかし、残念ながら?製薬会社のノベルティグッズが制限され、キャラクターや商品名のついたものは撤廃されてしまいました。そのため、キャラクター全員リストラということに…。
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2020
08.12

長期入院の是正?

 精神科病院の中には、その収入の多くを慢性期統合失調症患者さんの長期入院に頼っているところが少なくありません。ちょっと信じ難いでしょうけれども、20年以上や40年以上という長期入院の患者さんが存在します。彼ら彼女らの生活は、人生は、ほぼ病棟内という閉じた中で過ごされているのです。

 「わが邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」と言ったのは呉秀三先生ですが、先生は「患者さんを自宅で監禁するのではなく、病院で看ていこうよ」ということを目指しました。それだけ、当時の患者さんをめぐる家庭の状況はひどかった。呉先生の試みは、病者を”患者さん”として位置づけ、より良い環境で生活できるようにというものでした。そのコンセプト自体は良いものだったのですが、そうであるはずの病院がいつの間にか”厄介払いの場”となってしまったのは、患者さんにとって新たな不幸だったように思います。「それってちょっとどうなのよ」という時にライシャワー事件が重なったのも運が悪かったか…。

 「長期入院が問題だって言ってるなら、早くご家族のもとに退院させれば良いじゃないか」と思うかもしれません。しかしながら、長期入院患者さんのご家族は、音信不通であることも多いのです。昔はご家族が患者さんを”簀巻き”にして精神科病院の前に置いていった(そこから長期入院)、なんてこともありました。カルテでは”ご家族の連絡先は不明”という記載もよく目にします。仮に連絡先が記載されていても、残念ながら「もう連絡をしてくれるな」「電話は(患者さんが)死んだ時だけにしてくれ」と発言されるご家族も大勢います。「退院しても大丈夫だと思うけど…」とこちらが考えていても、強力に反対するご家族。「私たちにも家庭があるんです。今さら遅いです。もうここにずっと置いてください」と。患者さんとご家族にどんな歴史があったのかは判明しない部分も多いので、一概にご家族を責めるわけにはいきませんし、ご家族自体も高齢になっており受け入れるキャパシティも低下しいるのも事実ですが、それを聞くと患者さんの一生ってなんだったんだろうと思わずにはいられません。ご家族との関係を見直すには、あまりにも入院期間が長すぎた。そう実感する時も多々あります。

 これは日本の精神科医療の問題点でもあり、地域の問題でもあります。ご家族のもとへの退院が難しくても、グループホームなら何とか、という状況も少なくはありません。しかし、第一に、施設の費用よりも入院費のほうが圧倒的に安いので(これっておかしいですよね…)、ご家族は入院継続を希望します。そして、患者さんがゆったりと暮らせるグループホームや施設が実に少ないのです。患者さんの症状を持ちこたえる能力を持つ施設が乏しいと言わざるを得ません。「ちょっとでも大声を出したらすぐにまた入院してもらいますよ!」と釘を刺されてしまいますし、そんなところでは患者さんも気を遣って不安に陥りやすくなってしまいます。状態が悪化して病院に戻ってくる患者さんを経験したことのある精神科医も多くいるでしょう。また、施設をつくろうと思っても地域住民の強い反対にあって頓挫するというのは珍しいことではなく、グループホームですらなく有床の診療所をつくった夏苅郁子先生も、住民の声にだいぶ苦労されたとおっしゃっていました(@新潟の精神神経学会総会)。患者さんが安心して世に住めるような体制に、残念ながら日本はなっていない。もちろん日本だけではなく、先進的であるとされるイタリアでも難しい状況ではあるようです。あの国は公立の精神科病院を20年以上かけて廃止しましたが、実際は小さな精神科病院とも表現できるような施設が出来て、そこに住んでいる(入院している)人たちも多く、援助に対しても国が大きなリソースを投入せねばなりません。しかもうまく行っている地域とそうでない地域があり、その差はかなり大きいようです。トリエステという町が有名ですが、あそこはイタリアの中でも最高級に成功したところですね。そこだけを取り上げて「イタリアはうまくいっている!」とするのは拡大解釈でしょう。日本の実情を棚に上げるわけではありませんが…。

 日本(に限らないかもしれませんが)は、これまで患者さんを精神科病院に入院させておくことで、国と国民が、見ないようにしていた、差別感情に蓋をしていた、と言えるでしょう。長期入院そのものが患者さんの生活能力を削いだことは否定できませんし、そのような状況では患者さんが「このまま病院で良い」「退院したくない」と発言するのも無理はありません(医原性の入院継続希望…?)。が、患者さんの退院後生活を阻むもののひとつが地域住民である、というのはかなしいことです。

 とは言いながらも、その長期入院によって精神科病院の経営は成立しているということも忘れてはなりません。これは、地域住民も精神科病院も、言い方は悪いのですがwin-winの関係であったとも推測できます。地域住民は「怖い人」「よく分からない不気味な人」を病院に入れておくことで、自分たちの生活が脅かされずに済む。あえて地域自体が退院を促進はしない。精神科病院は、長期入院によって経営が何とかなる。しかも日本の精神科病院の多くは公立ではなく私立病院ですし(ここが色々と厄介)。

 自分は悲観的な見方であり、長期入院の問題が解決されるのは現在の長期入院の患者さんの寿命が尽きることによるしかないのでは、と考えてしまっています。20~30年後、日本の精神科病院は危機を迎えているでしょう。長期入院患者さんが亡くなると、病床数を維持できなくなり、経営が成り立たなくなります。当然、ガラガラになった私立の精神科病院は潰れます。長期入院の患者さんの生命とともに、日本の精神科病院の多くも終りを迎える。でも、それが適正な姿なのかもしれません。

 そんな中、精神科救急、いわゆるスーパー救急にかじを切った病院も登場しており、以前勤めていた病院は早めに移行した記憶があります。その過渡期に自分はいたのですが、長年入院していた患者さんをどんどん他の病院に転院させて、スーパー救急用の病床を確保していった様を見てきました。まだ若かった自分は「ずっとここにいた患者さんを情け容赦なく転院させるのか…(血も涙もねぇ!)」と、憤りを覚えていたのですが、今になって思うと病院そのものを存続させるためにはやむを得なかったのかもしれませんね…。病院が潰れたらその地域の患者さんの行き場がなくなってしまうし、入院患者さんも大変だし。苦肉の策だったのでしょう。でも転院する(させられる)患者さんを見ると、医療って何なんだろうな…とも考えてしまいます。つい最近も医療と経営は相容れないな…と感じてしまう出来事があり、かなり凹んでしまいました。「この病院が雇ってるから先生は処方もできるんだ。自由にやりたいなら開業しろ」と怒られたので…。別に自由にやりたいわけじゃないんですけどね…。まぁしょうがない、と思いながらもどこかモヤモヤ。うーん、苦しい。

 なんだかとりとめのない内容になってしまったので、ちょっとまとめを。長期入院患者さんのこれからは、精神科病院のみならず国民全体が意識を持って取り組まねばならない問題です。しかも差別感情がいまだ根強いこの国で、です。イタリアも20年以上かけて今の姿をつくっており、その中でも成功した地方とうまくいっていない地方がかなり分かれています。公立と私立の割合の違いだけを取り上げてもイタリアの方法を日本にそっくりそのまま持ってくることは出来ないでしょうし、ここは頭を働かせないといけません。しかしながら、自分は長期入院の不幸を解決するのは、その入院患者さんの寿命でしかないのでは、というあきらめの気持ちがあります。それによって、日本の精神科病院も経済的に淘汰されていくでしょう(精神科医も)。
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2020
08.06

三環系抗うつ薬は作用するポイントが多い

 抗うつ薬といえば、SSRI以降の新規抗うつ薬を思い浮かべるでしょう。昔は三環系抗うつ薬(TCA)が使われていたのですが、副作用の問題、そしてうつ病には”セロトニン”が関わっているのではないかという仮説も提唱され、より安全なもの・セロトニンのみに関与するものをつくろうということでSSRIが生まれました。SSRI以降の新規抗うつ薬は”クリーン”と評され、対してTCAは雑多な受容体やチャネルに関与してしまうので”ダーティ”と言われているのです。TCAのダーティなところは確かに怖く、大量服薬すると死亡してしまいます。NaチャネルやKチャネルにも関与するので、心臓の伝導障害が起きるんですよね…。

 ただし、”セロトニンのみに関与”というお題目は初期の初期であり、ノルアドレナリンにも働いたほうが良さそうだということでSNRIやNaSSAが生まれ、でもって薬剤間でも差異をアピールしたい製薬会社は「うちのSSRIはシグマ受容体にも結合しますよ!」などと言い、当初行なわれたクリーン性の主張は何だったんだと思わなくもありません。ま、SSRIにも抗炎症作用はちょっとあるし、結局は新規抗うつ薬ってセロトニンが減ってるのを増やすのが主眼じゃなくてBDNFを増やすのが大事なんだとかも言われています。うつ病のセロトニン云々も結局は”仮説”の域を出ていませんしね。

 ただ、ダーティさっていうのは治療では大事なところであり、治療抵抗性のうつ病で用いられる各種増強療法、その代表は抗精神病薬ですが、これは作用する受容体を散らす意味合いが強いでしょう。抗精神病薬の増強療法は、決してドパミン受容体を阻害する目的ではないのだと思っています。増強療法で抗精神病薬の投与量が軒並み少なく設定されているのは、ドパミン遮断を狙っていない傍証でもあるのではないでしょうか。「精神病性うつ病は”精神病”性だから抗”精神病”薬が必要。はいオランザピンね」という考えは浅いと言わざるを得ません。だって、精神病性うつ病も抗うつ薬単剤で改善すること多いしね…。ちなみに精神病性障害であれば疾患横断的にドパミン生成能が亢進しているという報告はありますが(Neuropsychopharmacology 01 July 2020)、精神病性うつ病でそれが確認されたわけではありません。仮に精神病性うつ病でそういう結果が出てきても、「”精神病”性だから抗”精神病”薬ね」という考え方は薬剤治療を考える上では単純に過ぎるでしょう。ここは自分の治療哲学?でございます。

 作用するポイントを散らして全体の底上げを図る、もしくはヒットする確率を上げるというのが、増強療法の核です、たぶん。抗精神病薬ならセロトニンを中心とした多くの受容体に結合し、プラミペキソールならD2受容体とD3受容体にアゴニストとして作用し、リチウムならGSK-3などのセカンドメッセンジャーに働きかけますし、セレコキシブは炎症性サイトカインに働きます。もちろん、うつ病は雑多な概念なので、どの増強療法が効くかはトライしてみないと分からない部分もあります。一定の目安はありますけどね。

 こうして考えると、ポイントを散らす増強療法というのは、”クリーンなダーティ”を目指していると言えるでしょう。「TCAだと副作用が強くて増量できないし大量服薬も怖いし…」というダーティ中のダーティに比べ、やや扱いやすいのです。

 とは言え、大学病院ではなく単科の精神科病院に勤めていると「やっぱりTCAが必要だよね」という状況に多々出くわします。多くのうつ病は作用するポイントが少なくても大丈夫なので、TCAでもSSRIでも効果は同様、というか副作用が少ない分SSRIのほうに軍配が上がるかもしれません。しかし、治療抵抗性うつ病はSSRIが関与するミニマムな部分では改善できない病態。他のポイントに散らして攻めていく必要があります。そして、そのポイントを多く含むのがTCAです。SSRI+抗精神病薬で「うーん…」なら、より広いTCAは大きな候補。もちろん、TCAが有していないポイントを持っているリチウムや甲状腺ホルモンは、TCAの増強としても使用可能です(リチウムや甲状腺ホルモンの増強療法エビデンスはTCAに付加したものが多いですね)。

 レジデントのうちはちょっと怖くてTCAが使いづらいと思いますが、最初はそのくらいの用心さを持った方が良いでしょう。上の先生の使い方を見たり、実際に使用方法を聞いたり、そうやって少しずつ経験していくのが大切です。大量服薬された日には、患者さんだけでなく医者も真っ青…になります(ホントに怖い)。

 向精神薬については、”抗精神病薬”や”抗うつ薬”として覚えるよりは、”ドパミン遮断薬+α”や”モノアミンアゴニスト”として整理して、主に作用する軸(ポイント)で覚えた方が、治療に幅が出てきます。変な言い方をすれば、抗うつ薬は抗うつ薬ではない、となります(分かりづらい)。ぜひですね、若手の精神科医には、向精神薬の分類を”作用する軸”という目線でとらえなおしてみていただきたく。
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2020
08.02

臨床のワンフレーズ(35):決して無駄ではなかった

 患者さんの中には、こちらが必要だと思う薬剤を服用する気持ちが整わない人もいます。喫緊の時は「何としてでも飲んでもらいたい!」という気持ちにはなりますし、うつ病で思考抑制がかかると飲むかどうか患者さん自身で決めきれない場合もあります。そういう時は「これまで●●さんと同じような患者さんを診てきましたが、医者として、お薬を飲んだ方が気持ちが楽になってくれると考えています」などと言って、決断を肩代わりする勇気を医者側が持つことも大切でしょう。でも、待てる時は「よし、飲もう!」と思えるまで待つというのも悪くはないかと思っています。

 飲む決断ができない患者さんには、その理由を聞くのが一番です。「どうして飲みたくないの?」と聞くと尋問のようになるので、「お薬に対してどんな思いがありますか?」という風に尋ねると良いでしょう。ひょっとしたら、家族や知り合いに向精神薬を服用して強い副作用が出た人がいたのかもしれません。仮に「飲みなさい!」と言って処方して何とか飲んでもらったとしても、ノセボ効果が出てしまいそうで、そうなったら「やっぱり飲みたくない」という気持ちが強くなるかも。そうなった場合、再度飲んでもらうのは至難の業です。

 で、患者さんの気持ちが固まるまで診察を繰り返し、たまに勧めたりしながら、待ちます。「私としては飲んだ方が楽になるかなぁと思ってはいるのですが、飲むにしても●●さんが納得してからっていうのがいちばん良いタイミングだとも思います」「不安な気持ちのまま飲むと、副作用も実際多くなっちゃいますし」などとお話ししながら、機会をうかがいます。対症療法をしながら、そしてプチ精神療法をしながら。「いやいや、お前の動機づけが下手なだけだよ」と言われるとそれはその通りなので何も言えなくなってしまうのではありますが…。そうこうしているうちに、患者さんも「やっぱり飲んだ方が良いような気がしてきました」と不思議なことに述べてくれます。

患者さん「考えたんですけど、飲もうと思います」
自分「そうでしたか。じっくり考えてくれたのは良かったと思います」
患者さん「結局、先生が最初に言っていた通りになりましたね。なんか回り道になっちゃって」
自分「決めてくれたことが大事ですし、回り道とおっしゃいましたけど、決して無駄な道ではなかったと思いますよ。ぐるっと回ったからこそ見える景色もありますし」

 患者さんは「なんだ、最初に医者が勧めた通りになったな。私が悩んでいたのは無駄だったんじゃないか」と思いがちです。でも決してそうではなくて、立ち止まって考えてくれたからこそ、その決断ができたとも言えるのです。そこをお伝えして、患者さんの治療意欲を削がないように注意をしましょう。

 薬という異物を毎日飲むのは、医療者が思うよりも患者さんにとって大きな出来事です。しかも向精神薬は「怖い」「副作用が強い」「薬漬けにされる」「やめられなくなる」という印象を持たれがちになるので、そこは患者さんの気持ちに配慮して勧めるほうが、治療効果も大きいでしょう。
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2020
07.29

レジデントにしてもらいたいこと

Category: ★精神科生活
 精神科レジデントほやほやのみなさんは、勤務が始まって4ヶ月。これは反面教師的な部分もあるのですが、レジデントが精神科病院に勤務している時にしてほしいことっていくつかあります。長々と挙げていては大変なので、この記事では2つだけ。

 まずひとつめは


慢性期入院患者さんの生活歴を見ること


 です。

 レジデントが精神科病院に非常勤として勤務すると、割り当てられる患者さんはほとんど慢性期統合失調症患者さんです。病態もまずまず安定している(ように見える)ので、「診察もめんどくさいな」という考えが浮かばないと言ったら嘘になるでしょう。

 その中で、やる気や情熱といったものが薄れていきます。キレイゴトを言うつもりはなく、これは誰しも多かれ少なかれ経験することです。毎週毎週同じ発言を繰り返す患者さんを診ていると、そりゃあやっぱり…ね。

 そういう時に、患者さんの生活歴を見てほしいのです。古いカルテを持ち出して読んでみると、凄惨な人生を歩んできた方々が多くいることに気付かされます。精神症状によって、ご家族から見放された、仕事を何度も解雇された、離婚せざるを得なかった、婚約が破談になった、ご家族を殺害してしまった、などなど…。病院で何事もなく過ごしているはずのこの患者さんの過去にそんなことがあったのか、と驚かされます。そして今はご家族が面会にほとんど来ず、その孤独をどう感じているのか、孤独を感じないように感情を平板にしているのか…。

 過去を知ると、患者さんのつらさがほんの僅かですが見えてくるような感覚がします。すると、医療者は、少なくとも医療者は患者さんにやさしくありたい、患者さんの味方でいたい、と思うに至るでしょう。その気持ちが芽生えて初めてレジデントは患者さんにとっての医療者になれるのかもしれません。

 さて、ふたつめは


病棟で患者さんに挨拶をすること


 です。

 確か中井久夫先生や星野弘先生が「病棟を耕す」とおっしゃっていたように記憶していますが、やっぱり挨拶は大事。病棟に入ったら、すれ違う患者さん、座っている患者さん、立っている患者さんに「こんにちは」とニッコリ挨拶をしてお辞儀をしましょう。高齢の患者さんなら、少しゆっくりに。これ大事。

 病棟に入ることに関連しますが、診察をどこでするかというのは色んな考えがあります。自分は患者さんのところに行って、そこでお話をすることが多いです。患者さんが広場に座っていたら、そこで。病室にいたら、そこで。病棟の診察室の方が「プライバシーが保てて良い」「診察って感じがして診てくれている気がする」などの意見もあるでしょう。いっぽうで、患者さんのところに行ってそこでお話をすると「わざわざ自分のいるところまで来てくれる」という気持ちが出ることもあります。もちろん医者が突っ立って話をしちゃいけません。隣の椅子に座る、しゃがむ、ベッドに座る、などをして目線に注意します。

 病棟の診察室(多くはナースステーションとつながっている)だと、看護師さんが患者さんを呼んで医者は待っている、というスタイルになることが往々にしてあります。だから、医者が病棟に出ていかなくても済むと言えば済む。いっぽう、患者さんのところに行くのなら、必然的に医者が病棟内を歩くことになります。もちろん、病棟の診察室を使う場合も医者が患者さんを呼べば良く、自分も診察室を使う時は呼びに行きます。

 医者が病棟に出る。これをこころがけて、他の患者さんにしっかりと挨拶をします。中にはこちらを見ずに黙っている患者さんもいますが、無視しているわけではないのです。そういう患者さんが実はこちらの名前を覚えて、ふとした時に「m03a076d先生…」と、ポツリと声をかけてくれることがあるのです。担当ではない患者さんも「m03a076d先生!」と話しかけてくれますし。名前でなくても「先生!」と言ってくれたり「こんにちは!」と言ってくれたり。ちょっと病棟に活気がでるというか、そんな感じになります。患者さんはこっちの知らないところでお互いに情報交換をしており、いろんな先生の名前や特徴を知っています。よく「患者さんは陰性症状主体で自閉的」と表現されますが、はたして本当にそうなのか…? むしろ、病棟に出ていかない、病棟に出ても患者さんに挨拶せず足早に通り過ぎる医者のほうがよっぽど「陰性症状主体で自閉的」なのだとあえて言います。ちなみに、統合失調症の”4つのA”の中で”自閉 Autism”を挙げたブロイラー先生は、自閉という言葉に内的世界の豊かさを指摘もしていました。その特色はいつの間にか抜け落ちてしまい、他者と関わりを持たないことを自閉と表現するようになりました。今回自分が使った自閉も後者の意味です。

 患者さんに顔を売っておくわけではありませんが、自分を少し知ってもらうことで、例えば当直時にある患者さんが病棟内で興奮状態になって診察に行っても、知らない当直医が診るのと名前と顔を知っている当直医が診るのとでは、患者さんにとって印象がぜんぜん違うでしょう。
 
 ということで、生活歴を見ること、そして「医者よ、病棟に出よ!」ということ。この2つはぜひ。
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