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12.31

ブログ紹介

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皆々様。
平素より大変お世話になっております、m03a076dです。
ご来店いただき、まことに有難うございます。
このブログは、研修医や若手精神科医を対象にした話がちらほら出てきます。でもメインは自分の気になったことをちょろちょろっと記すこと。最近はやはり本業の精神科の話が多くなってしまっています。

気楽にご覧下さいませ☆ (this article: last update May 18. 2018)


*このブログではたまに患者さんとの会話例が出ています。その時に記載している基本的な情報、たとえば年齢や性別や受診の時期など、これらはプライバシー保護のため改変しています。また複数の患者さんの情報や会話内容を意図的に混ぜています*


☆思い立ってしでかしたこと
 はっと思ったらやはり実行。後悔することはあっても、いつかは懐かしい記憶となってくれるかもしれません。実行と言っても、他人様の迷惑にはならないようにしましょう。最近は名古屋な雰囲気を醸し出してます。

アポロチョコに捧げた情熱(ページの一番下の記事からお読み下さい)
ヒーターで焼き芋つくり(他にも焼いてます)
シュークリームの上手な食べ方~案~
大手コンビニのシュークリームを比べてみた
ジンギスカンのたれ比較
あんまきの比較
犬山城に行こうとしてみた
山崎川のさくら
スガキヤに行ってみた
熱田神宮のきしめんを食べてみた
豊川稲荷に行ってみた
のれそれを食べてみた
藤の花を見に津島公園に行ってみた
七夕まつりを見に一宮市に行ってみた
宇都宮の旅(餃子華厳の滝世界旅行
矢勝川の彼岸花
岡崎公園の桜とお団子
めんたいパークとこなめに行ってみた
愛知県のみたらし団子


☆鶴舞公園をお散歩
 名大病院の向かいは鶴舞公園というところで、さくら名所100選にもなっています。花菖蒲や紅葉なども綺麗で、四季を通じて楽しめる公園。

サクラ, ツツジやフジ, バラ, ハナショウブとアジサイ, ハス, 春の終わりから夏, 初冬その1, 初冬その2


☆コメダ珈琲店について少し
 名古屋在住なので、代表であるコメダ珈琲店へたまに行っています。その中でちょろっとご紹介をば。。。網羅的なものではなく、ピックアップする感じでございます。

blanc et noir, 豆菓子と有田焼, ○○ダさん…?, ピザと経済, みそカツサンド, 定番のハンバーガー, 期間限定ノワール, ジェリコを嗜む, アイスなココア, 夏はやっぱりかき氷, Ringoノワール, コメチキってやつ, バレンタインのチョコ祭り, 珈琲豆と小豆, ベリーノワールさん, たまご系, チョコ祭りその2, サマージュース, ケーキとどら焼き, シロノワールN.Y.チーズケーキ


☆名古屋大学医学部附属病院前期研修について
 自分の前期臨床研修先であった名大病院について、主観で眺めてみました。名大病院ってどんなとこ?と思っている方、少し参考にしてみて下さい。
 2015年5月に(4年ぶりに)少し手を加えました。2015年度からはたすき掛けも導入されたということで、隔世の感がありますね…。どんどんプログラムは良くなってきている感じがします。あとは研修医のやる気ですな。
 また、名大病院に限らず学生さんが病院見学をする際にどういった点を見ると良いか、ちょっとですが書いてみました。

・名大病院研修について→コチラ
・病院見学の際のポイント→コチラ


☆臨床研修はじめの一歩
 学生さんや研修医を対象としたレクチャー。その多くは救急外来や研修医相手の勉強会で話した内容から成っています。深くは立ち入らず、入門として・総論として。研修医の時に知っておきたい心構え的なものとお考え下さい。”診断学・感染症・輸液・検査項目(主に救急外来)・栄養療法”についてお話ししています。最後に輸液と栄養療法とに絡めて、SIRSについて名古屋大学医学部附属病院集中治療部教授である松田直之先生の考え方に触れてみようと思います。

・はじめに→コチラ
・診断推論→コチラ
・感染症診療の入り口→コチラ
・輸液の考え方ベーシック→コチラ
・検査項目の使い方→コチラ
・栄養療法の初歩→コチラ
・SIRSについて一つの記事→コチラ
・補足:生活の中の病歴→コチラ
・補足2:診察の強弱→コチラ
・補足3:デッサンという考え方→コチラ
・補足4:デング熱を例に鑑別を挙げるということ→コチラ
・補足5:曖昧性を許容する→コチラ
・補足6:身体診察の治療的意義→コチラ
・補足7:教育としての病歴と診察→コチラ
・補足8:風邪を診る→コチラ


☆研修医のためのテキスト紹介
 研修医が読む本は学生さんとはちょっと違います。プラクティカルなものを選んでみました。研修医や非専門医として、なので専門的なテキスト紹介ではありません。

”総論”について, 各種マニュアル本, 心電図・循環器治療薬の本, 呼吸器内科の本, 感染症の本, 腎臓内科の本, 糖尿病のポケットガイド, 小児科外来の本, 皮膚科や創傷処置などの本, 精神科の本, 漢方薬の本, 非精神科医のための精神療法的な本, 超音波含め画像診断の本, 国試が終わって臨床研修開始までの間に, 『極論で語る』シリーズ, 診断ではなく帰せるかどうかの判断をするための入門本, カルテの書き方, 血の通った緩和ケア


☆風変わりな超音波
 もうエコーは心臓と腹部実質臓器のためだけじゃない!消化管・運動器・肺・眼球などなど、様々な分野へ応用可能です。その中でも消化管と肺について軽くまとめました。

消化管の超音波, 肺の超音波, 超音波を学ぶ時の心構え


☆研修医救急勉強会でのポイント
 名古屋大学医学部附属病院では月に1度、朝に研修医が救急勉強会をしていました。現在は他の科の先生がたが様々な勉強会を開いていて研修医が忙しくなったという理由で、廃止に…。

・Jolt accentuationを例にして診察や検査のセッティング→コチラ
・めまいについて→コチラ
・嘔気嘔吐の例→コチラ
・救急外来と入院での病歴の取り方→コチラ
・発熱と意識障害を例にして患者背景から絞る→コチラ
・勘違いしやすい痛みについて→コチラ
・侮りがたし、虫垂炎→コチラ
・DehydrationとVolume depletion→コチラ


☆精神科臨床はじめの一歩
 精神科医は精神科医でも、若手、特に1-2年目が身の丈に合った非侵襲的な接し方をするにはどうすれば良いか。そんな思いから、治療的態度・精神病理学的知識・分析的思考について10回+1回にわたって考えてみました。自分も若手なので、若手目線で。おまけとして初心者やご家族や患者さんに読みやすい本の紹介もしています。

・第0回:若手としての心構え→コチラ
・第1回:精神療法としての”あいだ”→コチラ
・第2回:”患者”になること→コチラ
・第3回:”症状”を考えてみよう→コチラ
・第4回:器質力動論的視点を持ってみる→コチラ
・第5回:精神発達論をちょっと体験→コチラ
・第6回:防衛機制って何なんだ?→コチラ
・第7回:人格構造という軸→コチラ
・第8回:支持的精神療法のススメ→コチラ
・第9回:役割から見えてくる”転移/逆転移”→コチラ
・第10回:ご家族とのお話→コチラ
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・統合失調症理解の入門本→コチラ
・うつ病/躁うつ病理解の入門本→コチラ
・認知症理解の入門本→コチラ


☆精神科臨床のワンフレーズ+α
 日常臨床で患者さんに送るちょっとした言葉を掲載。薬物治療をしっかりと行うことと前提としているため、構造化もしてませんし分析的な深い考察もしていません。裏を返せばどんな治療者でも使えるということになるでしょうか。支持的でちょっと背中を押すような、そんなフレーズ達。そして、フレーズに限らず精神科臨床での会話などもまとめました。

1. 神経が疲れた→コチラ
2. 困った時はお互い様→コチラ
3. キーを回す→コチラ
4. 不安を不安として→コチラ
5. つらさの代名詞→コチラ
6. こころは水風船→コチラ
7. 回復の芽を摘まない→コチラ
8. どちらを選んでも後悔する→コチラ
9. 医者と薬は松葉杖→コチラ
10. ネガティブを大切に→コチラ
11. 医者はあきらめが悪い→コチラ
12. 病気の種→コチラ
13. 回り道の景色→コチラ
14. 歴史になること→コチラ
15. 失敗も大事→コチラ
16. 症状をガイドに→コチラ
17. こころのお天気→コチラ
18. 飛行機とカサブタ→コチラ
19. 何もないのは平和のしるし→コチラ
20. どんな思いがよぎりましたか?→コチラ
21. 揺らぎは自然→コチラ
22. 医者は慎重派→コチラ
23. ともにある→コチラ
24. 恩返しをしましょう→コチラ
25. 早く来てくれて良かったです→コチラ
26. それが王道ですよ→コチラ
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・終診にする時→コチラ
・同じと特別→コチラ
・「でも」を使わないようにしてみる→コチラ
・「なんで?」も使わないようにしてみる→コチラ
・大丈夫という言葉→コチラ
・認知機能検査を始める前の言葉がけ→コチラ
・"心因" を説明する時→コチラ


☆精神医学ピックアップ
 記事の中から病態や向精神薬の関連で精神科1-2年次向きなものを選んでみました。ちょっと前にまとめたものは記載が甘いものも散見されますが、ご了承ください。

・統合失調症のグルタミン酸仮説と抗精神病薬の定型/非定型という分類→コチラ
・精神症状を来たす身体疾患→コチラ
・精神疾患と慢性炎症→コチラ
・神経障害性疼痛→コチラコチラ, コチラ
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬→コチラ
・抗うつ薬のモノアミン再取り込み阻害/促進→コチラ
・向精神薬中断によるリバウンド症状→コチラ
・薬剤に精神療法を込める→コチラ
・悪性症候群→コチラ
・アルコール使用障害→コチラ
・デキストロメトルファン(メジコン)と精神疾患→コチラ
・口腔領域の疼痛性障害→コチラ
・多剤併用→コチラ


☆漢方あれこれ
 自分は仮免レベルの漢方屋でもあるので、診療に良く使ってます。ちょっとした記事をポツポツ書いているので、ご紹介。

実証と虚証, 補気と補血, 陽と陰の配慮, 寒をとらえる, 陰虚を考慮, 虚熱を考える, 生薬の勉強, 消風散の生薬には…!, 釣藤鈎とは何なのか, 高血圧と頭痛に釣藤散, 補中益気湯で失敗, 視床痛には?, 喉の痛みに桔梗湯, 咳への対処, フラッシュバックに神田橋処方, 弛緩型神経因性膀胱はどうするか, 女性の手荒れに, 褥創治療の補助, チックの治療, 便秘にもどうぞ, 寒と水滞による痛みに, 清暑益気湯の生薬, 風邪の漢方薬, 腸間膜静脈硬化症, 起立性調節障害に, 漢方を服用する時間


☆お薬と偶像崇拝
 お薬の中には、キャラクターが存在するものも。イスラム文化圏では決して許されないこと(?)。可愛いのもいれば、変なのも。期間限定なのか?それともリストラされてしまったのか?と思うくらいにもはや姿を見かけなくなったキャラも。でも皆さんそれなりに頑張って製薬会社の看板背負ってるんですよね。自分が持っているものをご紹介していきます。なので精神科領域がどうしても多くなってしまうかも。

・ロナセンバード、ルーランバード、セレネースバード(大日本住友製薬)→コチラ
・ロナセンバード再び(大日本住友製薬)→コチラ
・がっちゃんと干支セトラ(大日本住友製薬)→コチラ
・メロペンギン(大日本住友製薬)→コチラ
・レオ(大日本住友製薬)→コチラ
・シナモロール(大塚製薬)→コチラ
・ムコさる君(大塚製薬)→コチラ
・豚さん(大塚製薬)→コチラ
・ひよこちゃん(大塚製薬)→コチラ
・ひつじさん→コチラ
・キティちゃん(ヤンセンファーマ、タケダ薬品、大日本住友製薬など)→コチラ
・おさかなさん(タケダ薬品)→コチラ
・大建中湯の羊、六君子湯のりっくん(ツムラ)→コチラ
・ジプレキサザイディスの可愛くないキャラ(イーライリリー)→コチラ
・パッキー君(グラクソスミスクラインの黒歴史?)→コチラ
・クマ野郎(エーザイ)→コチラ
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2018
06.19

モーニングの種類

 名古屋はモーニング文化があります。それはもちろんコメダ珈琲店にもありまして。

 コメダのモーニングは、朝11時までの飲み物オーダーでトースト半切りと ゆで卵 or 卵ペースト or あんこ が無料で付いてきます。これはモーニングを行なっている喫茶店の中では最弱の部類であります。豪華なところってすごいですし、モーニングと言っておきながらお昼過ぎまで行なっているなんてのも。もはやそれはモーニングの意味の再考を迫っていると言えましょう。

 とは言いながらも、家の近くの喫茶店と言えばコメダさんなのです。ということで、今回はコメダのモーニング画像を。でも最近は全国に進出しているので珍しくなくなりましたよねぇ。

 こんな感じで供されるのでございます。飲み物を2つ頼むとちょっと見栄えが良くなる (おい)。

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 手前があんこで、奥が卵ペースト。このあんこがまた名古屋って感じですねぇ。

 でもって塗られているのはマーガリンですが、店員さんに頼むと、何といちごジャムに変えてくれます!

 証拠画像。比較のためにまた飲み物を2つ頼む (お腹いっぱい)。

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 ほらほら!

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 紅白っぽくてめでたい。

 コメダの飲み物、特にコーヒーは品質を考えるとお値段が高い。2018年6月から価格改定で少し値上がりしましたし。その分、モーニングのトーストがほんのちょっと厚くなったみたいですが…。でもトーストって厚ければ良いってもんでもないしねぇ。

 ここのコーヒーは単品だと高くて、モーニングのセットだと安いという絶妙 (?) の価格設定になっています。チケットを使えばまずまずの値段だと思います。長居してもまったく問題ないというのが利点ですし、それも含めての料金と考えられましょう。

 ちなみに、帰る途中、朝早かったためまだ閉まっていたソフトバンクさんで、ペッパー君ががっくりとしょぼくれていました。居残り反省会でも行なっていたのかしらん。

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2018
06.12

変わらない、を意識しすぎると?

 治療者は安定していなければならない、とはよく言われます。患者さんはゆらゆらと不安定なので、安定して "変わらない" というのをおすそ分けするような、それが大事。このことはどのテキストにも書かれてあることですが、「安定していなくては!」と思いすぎるのも、診察室をぎこちなくさせるものかもしれません。

 自分もレジデントの時はギアスに命じられていたかのように「治療者が不安定ではいけない、安定していなくては…」と思っていました。今でもちょっとその傾向がありますが、ガチガチに変わらない、なんていうのはどだい無理な話だなぁとも感じております。

 ひとつのエピソードをご紹介。自分がインフルエンザになって外来を急遽休まなくてはならなかったことがあります。当然その日の予約患者さんは他の先生が診てくれたのですが、後日復活して外来で「前回はごめんなさいね」と謝ったところ

患者さん「いえ、先生も僕と同じ人間なんだなって思いました」

 と返されまして。どういうこと?と思い詳しく聞いたところ

患者さん「先生っていっつも変わらなくて、完璧みたいに見えてました」
自分「完璧ですか」
患者さん「はい。でもインフルエンザで休まれて、あぁ人間なんだなって」
自分「それでちょっとホッとしたところもありました?」
患者さん「はい、実は (笑)。でも僕も完璧でいてほしいと思っていたかもなぁと何か後で」
自分「私に完璧でいてほしいと思っていたことに気づいた」
患者さん「そうですね」
自分「それが私のインフルエンザで見事に崩れましたけど、それで怖くなるのではなく、同じ人間だと感じてホッとした」
患者さん「そうなんです」
自分「うーん、なるほど (笑)」

 という流れ。これには、若い頃 (?) の自分は本当に「なるほどな~」と思ったのであります。これで患者さんがぐぐっと改善したというのならさらにすごいのですが、そういうことはなかったのでした。でも何らかの転回にはなったのではないか?と自分では感じています。そしてさらに「おやおや?」と思ったのが、患者さんの中にはインフルエンザで休んだことを「もうどうしようかと思った」と話すかたもいたこと。これは精神分析的に色々言えそうですが、まだ患者さんの中で "準備" が出来ていなかったとも表現できます。治療者の不在に対してどう患者さんが反応するかというのは、治療の進展にも関わってくるでしょう。もちろん、個々の患者さんと治療者とのあいだで起こっているという認識も必要で、すべてを患者さんの内的世界として考えてはなりません。

 患者さんは苦しんでいる。つらさや不安を自分でどうにも処理できない。無力というのはイイスギかもしれませんが、自分ではどうにもこうにもなりません。そのため、処理してくれる治療者に投げ入れ、治療者はそれをかかえます。そして、患者さんがかかえられそうなものに砕いて返します。最初のうちは、治療者は絶対・完璧であることを求められます。治療者が移ろいやすく不安定であれば、患者さんの不安をかかえられません。治療者もある程度は完璧であろうとしますし、その時期はそのような姿勢が大切でしょう。言ってしまえばその庇護の中で、患者さんは "ゆとり" を思い出し、一歩を踏み出してみようと思えるようになります。その過程で、治療者が実は絶対ではないと感じ取ることが圧倒的に重要です。それは、患者さんがかかえられそうな形だと思って返してみたところ実はそうではなかったという失敗によります。この失敗ばかりだと患者さんはとてつもない恐怖に苛まれることでしょう。成功とちょっとした失敗の配分。そのような成功と失敗を繰り返した "ほどよさ" の中で、患者さんは治療者との世界から広がりを見せていきます。

 治療者がいきなり不在になる。そうなると、患者さんの反応は治療のあいだによってそれぞれ変わってくるのというのは理解できることだなと思います。

 小倉清先生は以下のようにお話しし、絶対であってほしいという患者さんの願望が重く感じる時の対処法などもご提示しています。


人は誰でも不安定なんですよね。安定している人っていうのは死んだ人なんですね。(中略) 患者さんは、治療者の不安定なところを突いてくることがあると思うのね。ほとんど意識的にかな、反射的にかしら、治療者の持っている弱点というのか、柔らかい点というのか、そこを突いてくるものなんです。なぜ、そういうことをするのか。それはいろいろあるかもしれませんけれども、一つにはやっぱり患者さんは治療者に絶対的であるものを求めるんだと思うんです。治療者である限りは不安定であっては困る、しっかりしてくれ、どの場合でも動じないで堂々としていて欲しい、という願望、本来は自分自身がそうありたいというものが治療者のほうに投げかけられているのかもしれませんけれどもね。それは年中起こることだと思うんですね。つまり患者のほうから、治療者がオムニポテントであることを要求してくることもあるわけです。ぞういう患者さんからの挑戦に対して、治療者はだいたい耐えなくてはダメなんだけれども、なかなか耐え難く思うときも、それはあるわけですよ。そういうときは同僚なり、上の先生なりにお話をするというのがいいんじゃないですかね。お友達でもいいと思いますし、家族であってもいいのかもしれません。 (治療者としてのあり方をめぐって. チーム医療. 1997)


 対処法は「こんなのでいいの?」と思うかもしれませんが、不安を誰かに投げ入れてかかえてもらう、そしてこちらがかかえられる状態に変形して返してもらう、ということを表しているでしょう。人と人とのあいだは、そのような "投げ入れる-かかえる" というつながりでもあるのだと思います。

 完璧であろうとするのは、不安定で崩れてしまいそうな段階に対しては必要かもしれません。でも治療を続けていく中でいつまでも完璧であっては、患者さんはその閉じた世界から離れることはできなくなります。治療的になるには "ほどよさ" が必要であり、その中の一体化していない "ズレ" こそが、患者さんが進んでいくための大切な要素であると思います。
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2018
06.06

他県に足を踏み入れた

 5月のある日、豊橋市に向かう用事がありました。名古屋→豊橋は、なんと新幹線のこだまで行けてしまうのです (時間帯によっては "ひかり" でも)。豊橋に新幹線が停まるなんてね、びっくり。さらに言えば、名古屋と豊橋のあいだに "三河安城" という駅でもこだまは停まります。こだまさん停まり過ぎじゃないの? と思わなくもない。でも便利なんでしょうね、少し遠くまで行く方々にとって。

 そういう発見もあり、ちょっと今回はせっかくだから新幹線を使ってみようかな、と欲を出しました。名古屋駅から乗って、途中の三河安城駅で6分位停車 (長いなー)。そして着いた! と思ったら

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 こ、この "うなぎパイ" のラッシュは…?

 そうなんです。



浜松まで行ってしまった



 豊橋の次がもう静岡県の浜松でしてね…。豊橋に停車したことにまったく気づかなかず、そのまま乗って、車内アナウンスで「間もなく浜松」という声を聞いて「おや?」と。。。

 何故乗り過ごしたのか、その理由がですね



文献読んでた



 真面目! いやー、真面目だなー。こんな真面目で良いのかなー (アピール)。

 それはそうと、これは困ったなぁと思いまして。まさか静岡まで行ってしまうとは (豊橋から静岡まで10分くらいなのです)。でも慌てたって下りの新幹線が早く来ることもないし、そもそも15分後くらいにこだまさんが来るようなので、ちょっとキオスクの中を見てみることにしました。

お、"こっこ" を発見。さすが静岡だなぁ。

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 とは言いながら、"こっこ" も "うなぎパイ" も、名古屋や豊橋で買えちゃいますけどね…。"うなぎパイ" はうなぎの味がしませんが、パイとしておいしいのです (うなぎパウダーは入ってます)。"こっこ" は、ちょっと中のクリームが溶けにくいかな…。

 そして、YAMAHAさんのコーナーもあり。さすが浜松。

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 いろいろ見ていたら時間がやってきたので、豊橋に今度こそ行きましょう!

 よし、確認。

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 乗る前に、浜松駅ホームからの風景。うわー、曇ってるなぁ。

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 無事に新幹線に乗り直し、その中で…

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 "大砂丘" というチーズブッセを買っていたのでした。いただきます。

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 うん、おいしい。ブッセっておいしいですよねー。個人的には、もりもと (morimoto) の"雪鶴" というブッセのバタークリーム味が好きです。北海道では有名 (なはず) で、子どもの頃からむしゃむしゃ食べていたような記憶。道産子にとって、ブッセと言えば "雪鶴" なのです。最近も確か成城石井で見かけたから、全国で買えるはずですよ、たぶん。ちなみに、もりもと (morimoto) といえばハスカップと心中するんじゃないかってくらいにハスカップ大好きな会社で、種々のスイーツを作り出していることでも知られています。"雪鶴" はぜひね、見かけたら食べてみてください。やや低体温の人肌程度の温度にしてから食べるのがオススメ。

 そして、豊橋に到着! あっという間だった。

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 ブラックサンダーがお出迎え。いろんな種類があるなぁ (今は6月になり気温上昇のため、キオスクではブラックサンダーの取り扱いを終えているそうです)。

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 ということで、今回は意図せずして隣県にある浜松市までやって来てしまいました。でもブッセ美味しかったし、時間にも間に合ったし、特に問題なかったのでした。

 あ、そうそう。静岡お土産と言えば上述の "うなぎパイ" や "こっこ" が有名ですが、わたくしとしては、こちらをお勧めいたします (画像が暗い)。

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 "あげ潮" ちゃんです。これ、くるみとかレーズンとかオレンジピールとかを混ぜたクッキーで、コーンフレークも入っているので食感がとても良いのです。ザクザクっとしておいしい。

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 1袋が180 gで700円弱のためちょっとお値段は張りますが。でも静岡のお菓子で何か一つと言われたら、自分だったらこれを推薦。この "あげ潮" は見た目の茶色から誤解されていますが、決して "揚げ潮" ではありません。揚げ菓子ではないので、お間違えの無いよう。"あげ潮" は、満ち潮という意味だそうです。潮が満ちるように運気も…という願いが生地に練りこまれております。こう聞くと縁起よさそうですね。これは今年の年末ジャンボに期待 (?)。

 ただ、オレンジピールとレーズンが歯にくっつくんですよ、コレ。それが難点や。
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2018
06.01

過剰な医療の背景とその対策

 今回は、今問題となっている過剰な検査や治療がなぜ生まれるのか、そしてどうすれば解決に向かうのかという論文を軽く紹介します。

Hoffman JR, Kanzaria HK. Intolerance of error and culture of blame drive medical excess. BMJ. 2014 Oct 14;349:g5702. PMID: 25315302

 2014年のBMJに載っている短いもので、これは一度読んでみると良いのではないでしょうか。ここではちょっとまとめ的な訳を。

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 人間は過ちを犯すものです。意思決定のプロセスで、間違いは避けられません。間違いによる害を防ぐ最善の策は、間違いやそのニアミスを探して同定し、それらをとらえ軽減するシステムをつくることです。しかしながら、医療の分野において間違いは恥と考えられ、人々から責任を追求されます。そのため、医師は間違いの否定や隠蔽を行なってしまいます。これは間違いを防ぐには逆効果なのですが、はるか昔から医学に根ざしてきたものです。現代医学は完全なる科学に基づいているという自負があり、このことが、いかなる間違い、そしてどんな有害な結果をも受け入れがたい失敗だととらえてしまいます。

 この考えは一般の人々にも浸透してしまっています。完璧な結果を求め、病気になることや死ぬことは避けられないはずなのに受け入れられなくなっています。医師はどんな間違いにも個人的な責任を負うように指導されており、間違ってしまうことは理想には程遠い結果だと言われてきました。そのため、結果が悪ければプロセスに問題があると考えられてしまいます。患者さんが思わしくない結果になった時、医師は罪悪感と恥を抱きます。完全であろうとし、確実性を極端に求めようとします。しかし、いずれも達成可能なものではありません。社会は「問題は全てテクノロジーが解決できる」などの幻想を抱き、究極的には「死も自由意志による」とさえ思い込んでしまいます。

 間違いを起こした際の不利益を恐れるあまり、健全な医療から逸脱することになります。これを "守りの医学 (defensive medicine)" と言いますが、それが過剰な医療の最たる原因です。訴訟や見逃しなどを恐れ、過剰な検査や治療などがなされてしまうのです。現在の法律では怠慢が何よりも罰せられるため、訴訟リスクを下げるために過剰な医療が生まれてしまいます。訴訟リスクが低くとも医療過誤への恐怖は軽くならないかもしれませんが、だからと言って現在のシステムを変更する必要がないということではありません。今は責任追及が著しくなってしまっており、守りの医学から来る過剰な医療による財政負担も大きいのです。

 染み付いてしまった医師の行動を変えるのはたやすいことではありません。しかし、過剰な医療を制限せねばならないのと同時に、公での晒し上げを挫き、診断が間違っていたり考えられる治療を控えたりすることによる訴訟リスクをも軽減せねばなりません。とは言え、システムそれ自体の力ではうまくいかず、別の方策が必要です。現在行なわれてきているものがイギリスの "do not do" リストやアメリカの "Choosing Wisely" キャンペーンなどであり、オーストラリアでも同様のことがなされています。これらは不確実なことへの不耐性を扱っているわけではありませんが、完璧を求める文化から生じた過剰な医療を減らす第一歩となります。さらに、JAMAの "Less is More" セクションやBMJの "Too Much Medicine" キャンペーンなど、医学ジャーナルも努力しており、最近始まったpreventing overdiagnosis conferenceなどもあります。もう一つのアプローチは、意思決定のプロセスに患者さんに参加してもらうことです。SDM (shared decision making) の主な目的は患者さんの価値観や好みを反映させることですが、同時にリスクとベネフィットを考える不確実性を患者さんに理解してもらうことにもつながります。

 しかし、私たちはこれ以上のことをする必要があり、医療やより広い分野においても変えていかねばなりません。失敗や間違いが避けられないということにオープンになってもらい、そして専門家や多くの人々に "許容しうる失敗" を考えてもらう必要があります。医師は長きに渡って多くの人々から敬意を払われてきましたが、私たちは全能性への欲求を捨て去らねばなりません。しかし、社会が与えてくれる道徳的な権威を引き受け、それを以下のために用いねばならないでしょう。人体を無傷にしておくことは月に行くよりもはるかに難しいということ、適切な医学的情報から外れたものや医療者の理解できない情報は利益ではなく害になるであろうこと、疾患の早期発見は常に患者さん指向のより良い結果につながるとは限らないこと、そして検査や治療は多ければ多いほど良いとは限らないということです。

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 以上になります。私たちは "分からない" を極度に恐れます。そして、ついつい検査を余分にしてしまったり、不必要な治療をしてしまったり。それが患者さんにとって不利益をもたらし、医療経済も圧迫します。医者だけにその非を着せるのはお門違いでして、患者さん側にも ”分からない” を受け止めてもらう必要があります。医療は不確実なのだ、ということです。そこに耐える力が必要。メディアは医療の敵なのかと思うほどに過激な報道を繰り返しますし、それが国民の不信感を煽ります。「何かあったらただじゃおかない」となるわけです。そうならないためにもメディアには心を入れ替えてもらいたいですし、国にも頑張ってもらいたいところです。医者側も不確実性を表明するのは大事ですが、しっぱなしはご法度です。"分からない" 渦中にいる患者さんの不安をも抱擁することが求められましょう。そして、日本は皆保険制度が (かろうじて) あるため検査や治療の自己負担が少なくなっていますね。そのために患者さん側も「検査して」「せっかくだから薬をちょうだい」となってしまいます。医者側もそういう傾向にあるでしょう。それによって国の医療費が大きく膨れ上がることにもなるため、やはりそこへの理解も必要でございます。

 不確実性に耐えられない好例は"風邪に抗菌薬" なんてものでして、「もし抗菌薬を出さなくて細菌感染を見逃して悪化したらどうするんだ!」という追及や、医者側も「念のため…」という思い、そんなことで処方されてしまいます。でも予防については、たった1人の深刻な細菌合併症を防ぐには4000人以上に投与しなければなりません (BMJ. 2007 Nov 10;335(7627):982. PMID: 17947744)。必要のある時以外に抗菌薬は投与すべきではなく、かえって腸内細菌叢を乱してしまい、患者さんへの不利益になります。この 風邪に抗菌薬" はようやく国が重い腰を上げてくれた感がありますね。

 早期発見は患者さん指向のより良い結果にならないことがある、と上記にありました。「早期発見なら別に良いじゃないか」と思うかもしれません。しかし、子どもの甲状腺がんを例に挙げると、そのほとんどはおとなしいものです。日本全国の健康な若年者にスクリーニングと称して検査をすると、甲状腺がんって意外と見つかるのですよ。「たくさんの子どもに検査をして早めに見つけることの何が悪いの? おとなしいものなら経過をしっかり追えば良いじゃない?」と考えるかもしれませんが、やはり "がん" があるというのは本人とご家族にとって非常に苦しく、不安を増幅させます。将来についても何かと考えてしまいますし、親御さんならいろいろと思うところがあるでしょう。医者側も「何かあったら…」と考えますし、また不安に耐えかねたご家族からも「手術してください」と言われることがあります。そして、甲状腺がんもほとんどが無害ですが、遠隔転移をきたすようなものもごく一部にあるため放置できず、さまざまな不安なども相まって結局は無害なものも含めて手術、過剰な治療となってしまいます。まったく患者さん指向ではなく (倫理的に問題あり)、そこは分かってもらわねばなりません (大阪大学の研究チームの報告を見てみましょう)。

 精神科における身体拘束も、不確実性への恐れからなされる部分があります。拘束をやめるとインシデントが増える (アクシデントは増えないようですが) ため、拘束を減らす、究極的にはゼロを目指すのであれば、そのインシデントを許容するシステムが不可欠です。それは病院内にも必要ですし、患者さんのご家族にも必要です。拘束しなかった患者さんが転倒する、ということひとつをとっても、ご家族の中には病院に対し猛抗議する、看護師さんに対してこころない言葉を浴びせる、というかたもいます。しかし、拘束をしないということは、こういう事が起こりえると理解してもらわねばなりません。もちろん拘束することによる身体的なリスクも無視できないのですが。

 "分からない" に耐えること、そして医療には過剰があり、ともすると利益にならないということ。医者も、皆さんも、メディアも、弁護士さんも、裁判官も、国も、みんながその重要さに気付いてほしいところでございます。
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