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2037
12.31

ブログ紹介

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皆々様。
平素より大変お世話になっております、m03a076dです。
ご来店いただき、まことに有難うございます。
このブログは、研修医や若手精神科医を対象にした話がちらほら出てきます。でもメインは自分の気になったことをちょろちょろっと記すこと。最近はやはり本業の精神科の話が多くなってしまっています。

気楽にご覧下さいませ☆ (this article: last update Sep 21. 2018)


*このブログではたまに患者さんとの会話例が出ています。その時に記載している基本的な情報、たとえば年齢や性別や受診の時期など、これらはプライバシー保護のため改変しています。また複数の患者さんの情報や会話内容を意図的に混ぜています*


☆思い立ってしでかしたこと
 はっと思ったらやはり実行。後悔することはあっても、いつかは懐かしい記憶となってくれるかもしれません。実行と言っても、他人様の迷惑にはならないようにしましょう。最近は名古屋な雰囲気を醸し出してます。

アポロチョコに捧げた情熱(ページの一番下の記事からお読み下さい)
ヒーターで焼き芋つくり(他にも焼いてます)
シュークリームの上手な食べ方~案~
大手コンビニのシュークリームを比べてみた
ジンギスカンのたれ比較
あんまきの比較
犬山城に行こうとしてみた
山崎川のさくら
スガキヤに行ってみた
熱田神宮のきしめんを食べてみた
豊川稲荷に行ってみた
のれそれを食べてみた
藤の花を見に津島公園に行ってみた
七夕まつりを見に一宮市に行ってみた
宇都宮の旅(餃子華厳の滝世界旅行
矢勝川の彼岸花
岡崎公園の桜とお団子
めんたいパークとこなめに行ってみた
愛知県のみたらし団子


☆鶴舞公園をお散歩
 名大病院の向かいは鶴舞公園というところで、さくら名所100選にもなっています。花菖蒲や紅葉なども綺麗で、四季を通じて楽しめる公園。

サクラ, ツツジやフジ, バラ, ハナショウブとアジサイ, ハス, 春の終わりから夏, 初冬その1, 初冬その2


☆コメダ珈琲店について少し
 名古屋在住なので、代表であるコメダ珈琲店へたまに行っています。その中でちょろっとご紹介をば。。。網羅的なものではなく、ピックアップする感じでございます。

blanc et noir, 豆菓子と有田焼, ○○ダさん…?, ピザと経済, みそカツサンド, 定番のハンバーガー, 期間限定ノワール, ジェリコを嗜む, アイスなココア, 夏はやっぱりかき氷, Ringoノワール, コメチキってやつ, バレンタインのチョコ祭り, 珈琲豆と小豆, ベリーノワールさん, たまご系, チョコ祭りその2, サマージュース, ケーキとどら焼き, シロノワールN.Y.チーズケーキ, コメダのモーニング


☆名古屋大学医学部附属病院前期研修について
 自分の前期臨床研修先であった名大病院について、主観で眺めてみました。名大病院ってどんなとこ?と思っている方、少し参考にしてみて下さい。
 2015年5月に(4年ぶりに)少し手を加えました。2015年度からはたすき掛けも導入されたということで、隔世の感がありますね…。どんどんプログラムは良くなってきている感じがします。あとは研修医のやる気ですな。
 また、名大病院に限らず学生さんが病院見学をする際にどういった点を見ると良いか、ちょっとですが書いてみました。

・名大病院研修について→コチラ
・病院見学の際のポイント→コチラ


☆臨床研修はじめの一歩
 学生さんや研修医を対象としたレクチャー。その多くは救急外来や研修医相手の勉強会で話した内容から成っています。深くは立ち入らず、入門として・総論として。研修医の時に知っておきたい心構え的なものとお考え下さい。”診断学・感染症・輸液・検査項目(主に救急外来)・栄養療法”についてお話ししています。最後に輸液と栄養療法とに絡めて、SIRSについて名古屋大学医学部附属病院集中治療部教授である松田直之先生の考え方に触れてみようと思います。

・はじめに→コチラ
・診断推論→コチラ
・感染症診療の入り口→コチラ
・輸液の考え方ベーシック→コチラ
・検査項目の使い方→コチラ
・栄養療法の初歩→コチラ
・SIRSについて一つの記事→コチラ
・補足:生活の中の病歴→コチラ
・補足2:診察の強弱→コチラ
・補足3:デッサンという考え方→コチラ
・補足4:デング熱を例に鑑別を挙げるということ→コチラ
・補足5:曖昧性を許容する→コチラ
・補足6:身体診察の治療的意義→コチラ
・補足7:教育としての病歴と診察→コチラ
・補足8:風邪を診る→コチラ


☆研修医のためのテキスト紹介
 研修医が読む本は学生さんとはちょっと違います。プラクティカルなものを選んでみました。研修医や非専門医として、なので専門的なテキスト紹介ではありません。

”総論”について, 各種マニュアル本, 心電図・循環器治療薬の本, 呼吸器内科の本, 感染症の本, 腎臓内科の本, 糖尿病のポケットガイド, 小児科外来の本, 皮膚科や創傷処置などの本, 精神科の本, 漢方薬の本, 非精神科医のための精神療法的な本, 超音波含め画像診断の本, 国試が終わって臨床研修開始までの間に, 『極論で語る』シリーズ, 診断ではなく帰せるかどうかの判断をするための入門本, カルテの書き方, 血の通った緩和ケア


☆風変わりな超音波
 もうエコーは心臓と腹部実質臓器のためだけじゃない!消化管・運動器・肺・眼球などなど、様々な分野へ応用可能です。その中でも消化管と肺について軽くまとめました。

消化管の超音波, 肺の超音波, 超音波を学ぶ時の心構え


☆研修医救急勉強会でのポイント
 名古屋大学医学部附属病院では月に1度、朝に研修医が救急勉強会をしていました。現在は他の科の先生がたが様々な勉強会を開いていて研修医が忙しくなったという理由で、廃止に…。

・Jolt accentuationを例にして診察や検査のセッティング→コチラ
・めまいについて→コチラ
・嘔気嘔吐の例→コチラ
・救急外来と入院での病歴の取り方→コチラ
・発熱と意識障害を例にして患者背景から絞る→コチラ
・勘違いしやすい痛みについて→コチラ
・侮りがたし、虫垂炎→コチラ
・DehydrationとVolume depletion→コチラ


☆精神科臨床はじめの一歩
 精神科医は精神科医でも、若手、特に1-2年目が身の丈に合った非侵襲的な接し方をするにはどうすれば良いか。そんな思いから、治療的態度・精神病理学的知識・分析的思考について10回+1回にわたって考えてみました。自分も若手なので、若手目線で。おまけとして初心者やご家族や患者さんに読みやすい本の紹介もしています。

・第0回:若手としての心構え→コチラ
・第1回:精神療法としての”あいだ”→コチラ
・第2回:”患者”になること→コチラ
・第3回:”症状”を考えてみよう→コチラ
・第4回:器質力動論的視点を持ってみる→コチラ
・第5回:精神発達論をちょっと体験→コチラ
・第6回:防衛機制って何なんだ?→コチラ
・第7回:人格構造という軸→コチラ
・第8回:支持的精神療法のススメ→コチラ
・第9回:役割から見えてくる”転移/逆転移”→コチラ
・第10回:ご家族とのお話→コチラ
----------
・統合失調症理解の入門本→コチラ
・うつ病/躁うつ病理解の入門本→コチラ
・認知症理解の入門本→コチラ


☆精神科臨床のワンフレーズ+α
 日常臨床で患者さんに送るちょっとした言葉を掲載。薬物治療をしっかりと行うことと前提としているため、構造化もしてませんし分析的な深い考察もしていません。裏を返せばどんな治療者でも使えるということになるでしょうか。支持的でちょっと背中を押すような、そんなフレーズ達。そして、フレーズに限らず精神科臨床での会話などもまとめました。

1. 神経が疲れた→コチラ
2. 困った時はお互い様→コチラ
3. キーを回す→コチラ
4. 不安を不安として→コチラ
5. つらさの代名詞→コチラ
6. こころは水風船→コチラ
7. 回復の芽を摘まない→コチラ
8. どちらを選んでも後悔する→コチラ
9. 医者と薬は松葉杖→コチラ
10. ネガティブを大切に→コチラ
11. 医者はあきらめが悪い→コチラ
12. 病気の種→コチラ
13. 回り道の景色→コチラ
14. 歴史になること→コチラ
15. 失敗も大事→コチラ
16. 症状をガイドに→コチラ
17. こころのお天気→コチラ
18. 飛行機とカサブタ→コチラ
19. 何もないのは平和のしるし→コチラ
20. どんな思いがよぎりましたか?→コチラ
21. 揺らぎは自然→コチラ
22. 医者は慎重派→コチラ
23. ともにある→コチラ
24. 恩返しをしましょう→コチラ
25. 早く来てくれて良かったです→コチラ
26. それが王道ですよ→コチラ
27. 何ができるだろう→コチラ
---------------
・終診にする時→コチラ
・同じと特別→コチラ
・「でも」を使わないようにしてみる→コチラ
・「なんで?」も使わないようにしてみる→コチラ
・大丈夫という言葉→コチラ
・認知機能検査を始める前の言葉がけ→コチラ
・"心因" を説明する時→コチラ


☆精神医学ピックアップ
 記事の中から病態や向精神薬の関連で精神科1-2年次向きなものを選んでみました。ちょっと前にまとめたものは記載が甘いものも散見されますが、ご了承ください。

・統合失調症のグルタミン酸仮説と抗精神病薬の定型/非定型という分類→コチラ
・精神症状を来たす身体疾患→コチラ
・精神疾患と慢性炎症→コチラ
・神経障害性疼痛→コチラコチラ, コチラ
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬→コチラ
・抗うつ薬のモノアミン再取り込み阻害/促進→コチラ
・向精神薬中断によるリバウンド症状→コチラ
・薬剤に精神療法を込める→コチラ
・悪性症候群→コチラ
・アルコール使用障害→コチラ
・デキストロメトルファン(メジコン)と精神疾患→コチラ
・口腔領域の疼痛性障害→コチラ
・多剤併用→コチラ


☆漢方あれこれ
 自分は仮免レベルの漢方屋でもあるので、診療に良く使ってます。ちょっとした記事をポツポツ書いているので、ご紹介。

実証と虚証, 補気と補血, 陽と陰の配慮, 寒をとらえる, 陰虚を考慮, 虚熱を考える, 生薬の勉強, 消風散の生薬には…!, 釣藤鈎とは何なのか, 高血圧と頭痛に釣藤散, 補中益気湯で失敗, 視床痛には?, 喉の痛みに桔梗湯, 咳への対処, フラッシュバックに神田橋処方, 弛緩型神経因性膀胱はどうするか, 女性の手荒れに, 褥創治療の補助, チックの治療, 便秘にもどうぞ, 寒と水滞による痛みに, 清暑益気湯の生薬, 風邪の漢方薬, 腸間膜静脈硬化症, 起立性調節障害に, 漢方を服用する時間


☆お薬と偶像崇拝
 お薬の中には、キャラクターが存在するものも。イスラム文化圏では決して許されないこと(?)。可愛いのもいれば、変なのも。期間限定なのか?それともリストラされてしまったのか?と思うくらいにもはや姿を見かけなくなったキャラも。でも皆さんそれなりに頑張って製薬会社の看板背負ってるんですよね。自分が持っているものをご紹介していきます。なので精神科領域がどうしても多くなってしまうかも。

・ロナセンバード、ルーランバード、セレネースバード(大日本住友製薬)→コチラ
・ロナセンバード再び(大日本住友製薬)→コチラ
・がっちゃんと干支セトラ(大日本住友製薬)→コチラ
・メロペンギン(大日本住友製薬)→コチラ
・レオ(大日本住友製薬)→コチラ
・シナモロール(大塚製薬)→コチラ
・ムコさる君(大塚製薬)→コチラ
・豚さん(大塚製薬)→コチラ
・ひよこちゃん(大塚製薬)→コチラ
・ひつじさん→コチラ
・キティちゃん(ヤンセンファーマ、タケダ薬品、大日本住友製薬など)→コチラ
・おさかなさん(タケダ薬品)→コチラ
・大建中湯の羊、六君子湯のりっくん(ツムラ)→コチラ
・ジプレキサザイディスの可愛くないキャラ(イーライリリー)→コチラ
・パッキー君(グラクソスミスクラインの黒歴史?)→コチラ
・クマ野郎(エーザイ)→コチラ
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2019
04.24

数じゃなくたって

Category: ★研修医生活
 以前にも同じようなことを記事にしましたが、研修医同士の力くらべで”担当患者さんの数”というのがあります。

 入院患者さんをどれだけ担当しているか、というのは数で表されるので比較もしやすいでしょう。そして、指導医が信頼しているからたくさんの患者さんを担当させるというのも確かにそうかも知れません。一部の病院では、たくさんの患者さんを持たせることをウリにしているところもあり、見学に行く学生さんも「たくさん持ってスゴイ!」と思いやすいのも事実。

 これはあくまで個人的な意見ですが、もし自分が指導医という立場に立つのであれば、”担当患者さんは多ければ多いほど優れている”という考えにはちょっと反対です。もちろん、今たくさん患者さんを持っている研修医は頑張っている証拠だと思うので、それを否定するつもりは一毫たりともありません。

 でも、担当患者さんが少ないからと言って、そこから得られる知識が少なくなるということはまったくないと言っても良いでしょう。例えば、膵臓がんで入院している50代男性を担当したとします。そうしたら、膵臓がんの好発年齢や予後やリスクファクターを調べますし、初発の症状が例えば全身倦怠感だとしたら、それを来たす鑑別疾患を挙げて、同様にそれら疾患の勉強も必要。転移による症状への治療や、化学療法による副作用とそれの治療、疼痛緩和などの緩和ケアスキル。そして、そのがん患者さんがどうやってがんと死に向かいあっていくのか…。

 これらを丁寧に勉強すると、数週間では終わらないかもしれません。ひとりの患者さんでもじゅうぶんに知識というのは付いてきます。たくさんの患者さんを持つと、上辺の症状のみへの対処に追われ、なかなかそういう時間はつくれない可能性があります。要は、量より質でいくか、質より量でいくか。若手のうちは、量を指標にしてしまいがち。でも、量でなくても、質で勝負は可能です。

 しかし、そのためには「持っている患者さんが少ないから、そこを逆に活かして勉強しなくっちゃ」という意識が必要です。ぱぱっと患者さんを診て余った時間をぼーっと過ごすのも、たまには良いかもしれませんが、ずっとそれを行なってしまったら、量を診た研修医には到底敵いません。

 たくさん診ることは、”さばく”能力が身につきます。それは大事であることは言うまでもありません。でも、研修医のうちは少ない患者さんでじっくりしっかり、というのも悪くないのでは?と思います。”さばく”能力は後期研修医になったら否が応でも身につくので…。ま、確かに救急外来にやってくる患者さんをどんどんさばいていく姿はカッコいいものがありますが…(”さばく”という言い方はあまり良くないでしょうけれども)。

 たくさんの患者さんを診られる大病院も確かに良いかもしれませんが、小さな病院の研修だってそれに比肩するものになりえます。多くの医者が「研修はどこの病院でもだいたい同じようなもの」と言うのは、このことを指しているのでしょう。

 ちなみに、自分が研修した病院はまったく人気のない大学病院であり、担当患者さんも市中に比べて多くなく、しかも市中でやっていけなくなった研修医を受け入れることも多々ありました。科によってバラツキがありましたが、基本的には少ない患者さんを診るタイプだったと言って良いでしょう。自分の性格上、それで良かったなと思っています。市中に行っていたら潰れていたかもしれん…。
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2019
04.14

患者さんは先生ではない

 おエラがたの本を読んでいると

「患者さんは私に色々なことを教えてくれた先生です」

 というような内容のことが多々見られます。確かに自分も「そうやなぁ」と思っていた時期もありました。しかし、今は「本当にそうなのだろうか…? 患者さんは医者の”先生”なのだろうか…? そんなキレイゴトなのだろうか…?」と疑問を持っています。

 少し前にも記事にしたことですが、”先生”は生徒に対して様々なことを教えてくれます。古典的には人徳者であり、お手本のような存在。そして、その先生というのは



傷つかない存在



 です。子どもに対する大人であり、子どもが卒業するまで変わらない姿で教えてくれるのです。そして、子どもたちはその教えを糧に成長し、また折りに触れ当時のままの先生を思い出すでしょう。絶対的、は言いすぎかもしれませんが、まさに傷つかないのです。

 しかしながら、実際の患者さんはそうではありません。確かに医者に様々なことを教えてくれ、それは何ものにも代えがたい経験。それによって成長するというのも然りです。しかし、しかしです。患者さんは



傷つく存在



 なのです。医者に教えてくれますが、それは身を挺してと言って良いでしょう。患者さんと接することがなかったら医者として成長することはないと断言して良く、そしてそれは成長以前の医者によって患者さんが傷つくことでもあります。

 部分的に患者さんは死んでしまうのであり、グロテスクに例えるならば医者はその血を啜り肉を喰らって大きくなる、とも言えるのです。自分自身にも当てはまりますが、レジデント時代の患者さんがたを振り返ってみると、今ならもっとうまく治療できたのではないか、あの患者さんは仕事を辞めずに済んだのではないか、もっと早く復職できたのではないか、寛解できたのではないか、などと後悔します。今なら、でなくとも、当時の主治医が自分でなく上級医であれば、もっとうまく行ったでしょう。今でもそうで、なかなか改善していかないうつ病患者さんや引きこもり患者さんを診ていると、他の先生なら…と自分の能力の低さに打ちのめされます。そう、患者さんは明らかに不利益を被っているのです。それは傷つき以外の何だと言うのでしょうか。

 患者さんを先生と形容することは正しくありません。傷つき倒れてしまう存在であり、それはしかも自分たち医者によって傷つけられているのです。医者によって血肉を喰われる存在なのです。”先生”と表現するのは、それを否認する機制が働いているのだと思われます。自分を含め医者はそのことにしっかりと直面する必要があるでしょう。

 繰り返しますが、”先生”という、そんな生易しいものではありません。自分たちが傷つけているということを、自分たちのスキル向上は患者さんの犠牲のもとに成り立っているのだということを、医者は理解しておかねばなりません。であるからこそ、ひとりの患者さんから得られるものを無駄にしてはならないのです。そこを通して、尊厳というのは生まれるのだと思っています。まさに患者さんのいのちを”いただく”ことで、そのひとりひとりのいのちが私たちの診察態度や治療技術や手技に宿っている、と言えるでしょう。また、医者はそれを宿すように努力をせねばならないのです。「患者さんに寄り添う」や「患者さんから学ぶ」などという独善的な言葉を軽々しく言うべきではありません。自分たちは患者さんを傷つけ部分的には殺し、それを養分として育つのです。その面を認識せねば、どんなに綺麗な言葉も、冬の乾いた風のように、さびしく吹いてどこかに消えてしまうでしょう。部分的にいただいたいのちを、また明日会う患者さんのために大事にし、また後輩にも教えていくことが医者の最低限の礼儀なのだと思います。
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2019
04.12

神経心理学はすぐに忘れる

Category: ★本のお話
 最近、ブログの更新自体も1か月に3回とか4回とか、往年に比べて随分とペースが落ちました。それに合わせて、読んだ本の紹介も全くしなくなったなぁと思い出したのです。忙しかったり、体調がよくなかったり、疲れていたり、そんなのでついつい。でも忙しさのピークは何となく過ぎたような気もするし(気がするだけ)、そろそろ趣味のことでも始めてみようかな、なんて考えることも出てきました。

 今回は、そんな反省も踏まえて、久々に本のご紹介を。

 読んだのは『認知症の心理アセスメントはじめの一歩』(医学書院)です。読んだ、と言っても実は発売当初に買って読んだので1年前なのですが…。

 心理アセスメントと聞くと心理士の先生がするものと思うかもしれませんし、大体そうなのですが、HDS-RとかMMSEはさすがに医者も行ないますし、患者さんに取り組んでもらっている間の様子も知りたいので、外来初診の患者さんのHDS-RやMMSEを心理士の先生にお任せすることはありません。しかし、数分で終わるもの以外は心理士の先生、つまりは専門家にお願いをします。

 その中で、神経心理学的検査はもちろん神経心理学を理解しておく必要があり、これがどういうものかは、本書の "神経心理学は、言語、認識、行為、記憶などの心身の働きが脳のどの部位で、またどのような機序によって営まれているかを明らかにする研究分野" という説明が的を射ているでしょう。例えば「遂行機能は脳のどこの部位が担当して…」というもの。

 この神経心理学は自分の苦手なところで、山鳥重先生の本や武田克彦先生の本を何冊か読んだのですが、残念ながら「読むたびに忘れる」ということを繰り返していまして…。まさに「読む回数=忘れる回数」となっています。もはや永遠の初学者?

 この本は、まさに "はじめの一歩" であるため、言葉もわかりやすく説明されていますし、フルカラーでイラストも多め。「読んでみようかな?」という動機づけを可能にしてくれるのが高ポイント。しかも薄すぎず厚すぎず、かつ安いんですよね(2800円+税)。

 自分は、心理アセスメントそのものを学ぶというよりも、第2章の「部位別にみた脳の機能とその検査」と第3章の「認知症の病型別にみた認知機能障害の特徴とアセスメントの実際」を勉強したという感じです。初学者にもわかりやすく示してくれているので、導入、そしてすっかり忘れた頭には最適。そこからもう一回武田克彦先生の本を読み直そうかな…。疾患そのものの理解はこの本の主眼ではないため、他書でしっかりと学ぶ必要があります。

 第3章ではHDS-RとMMSEなどの下位項目の比較が病型別に載っているものの、これは参考程度にしておいたほうが良いかもしれません。元文献を読んでいないので分からないのですが、検定方法がどんなものか気になりますし、多重検定にもなっており、αエラーの可能性が高いと思います。きちんと補正をかけているのなら良いのですが。

 自分は "認知症の" というよりも神経心理学の大まかな理解のためにこの本を読んだので、全体的に浅い理解にとどまっていると思います。本来なら第4章を最重視すべきでしょう。心理アセスメントをどう活かすかというのが最も大事であり、それをしないと「WAISでばらつきがあるから発達障害ね」という愚の骨頂をしでかす恐れがあるのです。ラベリングのために用いてはなりません。「何のための検査か?」を考えながら、医者であれば依頼をかけましょう。言ってしまえば、患者さんの幸せにどう結びつけるか、というのが心理アセスメントの、そして医療の根本だと思います。診断やアセスメントというのは、そして医療というのは、患者さんがより良く生きるための侍従であるはずです。
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2019
04.09

これは私の出番ではないか?

 週刊医学界新聞、というのがあります。webで公開されているので、医療者のみならず、誰だって閲覧可能。

 それには毎度毎度おもしろい記事があるのですが、2019年4月8日号がなんと



私の医学部浪人物語



 というものでした。内容は

・医学部入学までの経歴と,医学部にこだわった理由
・浪人時代の印象深いエピソード
・浪人して良かったかも?と思うこと
・浪人生へのメッセージ

 というもので、読んで「浪人の数だけドラマがあるなぁ」と思いましたが



浪人と言えばまさに自分が適役ではないか…?



 と思わなくもなく、なぜ自分がこれにお呼ばれされていないのか!?(いやいや…)

 しかしながら、ここに出ている先生方は立派すぎて、自分なんかが出る幕ではなかったのでした…。いやもうまぶしすぎて、予備校ウラのゲーセンに行ってたとか、勉強は1日3時間もすれば満足してたとか、ラジオを聞きながら勉強していたはずが、勉強しながらラジオを聞くようになって、結局は手を止めてしまっていたとか、そんなん書く人がいたら浮きまくりですよね…。いや、しかし一人くらいはこういうゆるゆる系がいても良かったのでは…?(罵倒されそう)

 みなさん「聖人君子かよ!」というような、そのお顔を見たら拝んてしまいたくなるような先生方なのです。今現在浪人で頑張っている人や浪人を経験してモヤモヤしている人にはとても励ましになる内容。しかし、もっとこう、地方病院の吹き溜まりで悪態をついているような、そんな輩の意見もあっても面白かったのでは、と。うーん、でも攻め過ぎかそれは。

 さて、この寄稿特集の中の”浪人して良かったかも?と思うこと”という項目は残念ながらまさに生存者バイアスがかかっています。浪人しても医学部に合格できなかった人たちの声はもちろんありませんし、この寄稿をしている先生方は、繰り返しですがとてもご活躍されている超人。さらに、こういう媒体に書くということで、ちょっとキレイゴトになっている可能性もあるでしょう。擦れっ枯らしの医者でかつ内輪の飲み会の席での発言を録音していたら、果たしてどんな言葉が出ていたか…。自分だったら「浪人かぁ、しちゃったもんはしょうがないよねぇ」と書いてしまいそう。

 浪人した自分としなかった自分とで比較試験ができないので、「浪人してどうだったか」というのは、その後の医療者人生の中で自らが意味付けをするものでしょう。だからこそ



「しちゃったもんはしょうがないから、後から振り返って、浪人してでも医療者になって良かったなと思えるような人生にしたい」



 と思うのです。それによって初めて浪人生は蜘蛛の糸をつかめて救われるのだ、たぶん…。
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