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12.31

ブログ紹介

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皆々様。
平素より大変お世話になっております、m03a076dです。
ご来店いただき、まことに有難うございます。
このブログは、研修医や若手精神科医を対象にした話がちらほら出てきます。でもメインは自分の気になったことをちょろちょろっと記すこと。最近はやはり本業の精神科の話が多くなってしまっています。

気楽にご覧下さいませ☆ (this article: last update Oct. 1. 2017)


*このブログではたまに患者さんとの会話例が出ています。その時に記載している基本的な情報、たとえば年齢や性別や受診の時期など、これらはプライバシー保護のため改変しています。また複数の患者さんの情報や会話内容を意図的に混ぜています*


☆思い立ってしでかしたこと
 はっと思ったらやはり実行。後悔することはあっても、いつかは懐かしい記憶となってくれるかもしれません。実行と言っても、他人様の迷惑にはならないようにしましょう。最近は名古屋な雰囲気を醸し出してます。

アポロチョコに捧げた情熱(ページの一番下の記事からお読み下さい)
ヒーターで焼き芋つくり(他にも焼いてます)
シュークリームの上手な食べ方~案~
大手コンビニのシュークリームを比べてみた
ジンギスカンのたれ比較
あんまきの比較
犬山城に行こうとしてみた
山崎川のさくら
スガキヤに行ってみた
熱田神宮のきしめんを食べてみた
豊川稲荷に行ってみた
のれそれを食べてみた
藤の花を見に津島公園に行ってみた
七夕まつりを見に一宮市に行ってみた
宇都宮の旅(餃子華厳の滝世界旅行
矢勝川の彼岸花
岡崎公園の桜とお団子
めんたいパークとこなめに行ってみた
愛知県のみたらし団子


☆鶴舞公園をお散歩
 名大病院の向かいは鶴舞公園というところで、さくら名所100選にもなっています。花菖蒲や紅葉なども綺麗で、四季を通じて楽しめる公園。

サクラ, ツツジやフジ, バラ, ハナショウブとアジサイ, ハス, 春の終わりから夏, 初冬その1, 初冬その2


☆コメダ珈琲店について少し
 名古屋在住なので、代表であるコメダ珈琲店へたまに行っています。その中でちょろっとご紹介をば。。。網羅的なものではなく、ピックアップする感じでございます。

blanc et noir, 豆菓子と有田焼, ○○ダさん…?, ピザと経済, みそカツサンド, 定番のハンバーガー, 期間限定ノワール, ジェリコを嗜む, アイスなココア, 夏はやっぱりかき氷, Ringoノワール, コメチキってやつ, バレンタインのチョコ祭り, 珈琲豆と小豆, ベリーノワールさん, たまご系, チョコ祭りその2, サマージュース, ケーキとどら焼き


☆名古屋大学医学部附属病院前期研修について
 自分の前期臨床研修先であった名大病院について、主観で眺めてみました。名大病院ってどんなとこ?と思っている方、少し参考にしてみて下さい。
 2015年5月に(4年ぶりに)少し手を加えました。2015年度からはたすき掛けも導入されたということで、隔世の感がありますね…。どんどんプログラムは良くなってきている感じがします。あとは研修医のやる気ですな。
 また、名大病院に限らず学生さんが病院見学をする際にどういった点を見ると良いか、ちょっとですが書いてみました。

・名大病院研修について→コチラ
・病院見学の際のポイント→コチラ


☆臨床研修はじめの一歩
 学生さんや研修医を対象としたレクチャー。その多くは救急外来や研修医相手の勉強会で話した内容から成っています。深くは立ち入らず、入門として・総論として。研修医の時に知っておきたい心構え的なものとお考え下さい。”診断学・感染症・輸液・検査項目(主に救急外来)・栄養療法”についてお話ししています。最後に輸液と栄養療法とに絡めて、SIRSについて名古屋大学医学部附属病院集中治療部教授である松田直之先生の考え方に触れてみようと思います。

・はじめに→コチラ
・診断推論→コチラ
・感染症診療の入り口→コチラ
・輸液の考え方ベーシック→コチラ
・検査項目の使い方→コチラ
・栄養療法の初歩→コチラ
・SIRSについて一つの記事→コチラ
・補足:生活の中の病歴→コチラ
・補足2:診察の強弱→コチラ
・補足3:デッサンという考え方→コチラ
・補足4:デング熱を例に鑑別を挙げるということ→コチラ
・補足5:曖昧性を許容する→コチラ
・補足6:身体診察の治療的意義→コチラ
・補足7:教育としての病歴と診察→コチラ
・補足8:風邪を診る→コチラ


☆研修医のためのテキスト紹介
 研修医が読む本は学生さんとはちょっと違います。プラクティカルなものを選んでみました。研修医や非専門医として、なので専門的なテキスト紹介ではありません。

”総論”について, 各種マニュアル本, 心電図・循環器治療薬の本, 呼吸器内科の本, 感染症の本, 腎臓内科の本, 糖尿病のポケットガイド, 小児科外来の本, 皮膚科や創傷処置などの本, 精神科の本, 漢方薬の本, 非精神科医のための精神療法的な本, 超音波含め画像診断の本, 国試が終わって臨床研修開始までの間に, 『極論で語る』シリーズ, 診断ではなく帰せるかどうかの判断をするための入門本, カルテの書き方, 血の通った緩和ケア


☆風変わりな超音波
 もうエコーは心臓と腹部実質臓器のためだけじゃない!消化管・運動器・肺・眼球などなど、様々な分野へ応用可能です。その中でも消化管と肺について軽くまとめました。

消化管の超音波, 肺の超音波, 超音波を学ぶ時の心構え


☆研修医救急勉強会でのポイント
 名古屋大学医学部附属病院では月に1度、朝に研修医が救急勉強会をしていました。現在は他の科の先生がたが様々な勉強会を開いていて研修医が忙しくなったという理由で、廃止に…。

・Jolt accentuationを例にして診察や検査のセッティング→コチラ
・めまいについて→コチラ
・嘔気嘔吐の例→コチラ
・救急外来と入院での病歴の取り方→コチラ
・発熱と意識障害を例にして患者背景から絞る→コチラ
・勘違いしやすい痛みについて→コチラ
・侮りがたし、虫垂炎→コチラ
・DehydrationとVolume depletion→コチラ


☆精神科臨床はじめの一歩
 精神科医は精神科医でも、若手、特に1-2年目が身の丈に合った非侵襲的な接し方をするにはどうすれば良いか。そんな思いから、治療的態度・精神病理学的知識・分析的思考について10回+1回にわたって考えてみました。自分も若手なので、若手目線で。おまけとして初心者やご家族や患者さんに読みやすい本の紹介もしています。

・第0回:若手としての心構え→コチラ
・第1回:精神療法としての”あいだ”→コチラ
・第2回:”患者”になること→コチラ
・第3回:”症状”を考えてみよう→コチラ
・第4回:器質力動論的視点を持ってみる→コチラ
・第5回:精神発達論をちょっと体験→コチラ
・第6回:防衛機制って何なんだ?→コチラ
・第7回:人格構造という軸→コチラ
・第8回:支持的精神療法のススメ→コチラ
・第9回:役割から見えてくる”転移/逆転移”→コチラ
・第10回:ご家族とのお話→コチラ
----------
・統合失調症理解の入門本→コチラ
・うつ病/躁うつ病理解の入門本→コチラ
・認知症理解の入門本→コチラ


☆精神科臨床のワンフレーズ+α
 日常臨床で患者さんに送るちょっとした言葉を掲載。薬物治療をしっかりと行うことと前提としているため、構造化もしてませんし分析的な深い考察もしていません。裏を返せばどんな治療者でも使えるということになるでしょうか。支持的でちょっと背中を押すような、そんなフレーズ達。そして、フレーズに限らず精神科臨床での会話などもまとめました。

・神経が疲れた→コチラ
・困った時はお互い様→コチラ
・キーを回す→コチラ
・不安を不安として→コチラ
・つらさの代名詞→コチラ
・こころは水風船→コチラ
・回復の芽を摘まない→コチラ
・どちらを選んでも後悔する→コチラ
・医者と薬は松葉杖→コチラ
・ネガティブを大切に→コチラ
・医者はあきらめが悪い→コチラ
・病気の種→コチラ
・回り道の景色→コチラ
・歴史になること→コチラ
・失敗も大事→コチラ
・症状をガイドに→コチラ
・こころのお天気→コチラ
・飛行機とカサブタ→コチラ
・何もないのは平和のしるし→コチラ
・どんな思いがよぎりましたか?→コチラ
---------------
・終診にする時→コチラ
・同じと特別→コチラ
・「でも」を使わないようにしてみる→コチラ
・「なんで?」も使わないようにしてみる→コチラ
・大丈夫という言葉→コチラ
・認知機能検査を始める前の言葉がけ→コチラ


☆精神医学ピックアップ
 記事の中から病態や向精神薬の関連で精神科1-2年次向きなものを選んでみました。ちょっと前にまとめたものは記載が甘いものも散見されますが、ご了承ください。

・統合失調症のグルタミン酸仮説と抗精神病薬の定型/非定型という分類→コチラ
・精神症状を来たす身体疾患→コチラ
・精神疾患と慢性炎症→コチラ
・神経障害性疼痛→コチラコチラ, コチラ
・ベンゾジアゼピン受容体作動薬→コチラ
・抗うつ薬のモノアミン再取り込み阻害/促進→コチラ
・向精神薬中断によるリバウンド症状→コチラ
・薬剤に精神療法を込める→コチラ
・悪性症候群→コチラ
・アルコール使用障害→コチラ
・デキストロメトルファン(メジコン)と精神疾患→コチラ
・口腔領域の疼痛性障害→コチラ


☆漢方あれこれ
 自分は仮免レベルの漢方屋でもあるので、診療に良く使ってます。ちょっとした記事をポツポツ書いているので、ご紹介。

実証と虚証, 補気と補血, 陽と陰の配慮, 寒をとらえる, 陰虚を考慮, 虚熱を考える, 生薬の勉強, 消風散の生薬には…!, 釣藤鈎とは何なのか, 高血圧と頭痛に釣藤散, 補中益気湯で失敗, 視床痛には?, 喉の痛みに桔梗湯, 咳への対処, フラッシュバックに神田橋処方, 弛緩型神経因性膀胱はどうするか, 女性の手荒れに, 褥創治療の補助, チックの治療, 便秘にもどうぞ, 寒と水滞による痛みに, 清暑益気湯の生薬, 風邪の漢方薬, 腸間膜静脈硬化症, 起立性調節障害に, 漢方を服用する時間


☆お薬と偶像崇拝
 お薬の中には、キャラクターが存在するものも。イスラム文化圏では決して許されないこと(?)。可愛いのもいれば、変なのも。期間限定なのか?それともリストラされてしまったのか?と思うくらいにもはや姿を見かけなくなったキャラも。でも皆さんそれなりに頑張って製薬会社の看板背負ってるんですよね。自分が持っているものをご紹介していきます。なので精神科領域がどうしても多くなってしまうかも。

・ロナセンバード、ルーランバード、セレネースバード(大日本住友製薬)→コチラ
・ロナセンバード再び(大日本住友製薬)→コチラ
・がっちゃんと干支セトラ(大日本住友製薬)→コチラ
・メロペンギン(大日本住友製薬)→コチラ
・レオ(大日本住友製薬)→コチラ
・シナモロール(大塚製薬)→コチラ
・ムコさる君(大塚製薬)→コチラ
・豚さん(大塚製薬)→コチラ
・ひよこちゃん(大塚製薬)→コチラ
・ひつじさん→コチラ
・キティちゃん(ヤンセンファーマ、タケダ薬品、大日本住友製薬など)→コチラ
・おさかなさん(タケダ薬品)→コチラ
・大建中湯の羊、六君子湯のりっくん(ツムラ)→コチラ
・ジプレキサザイディスの可愛くないキャラ(イーライリリー)→コチラ
・パッキー君(グラクソスミスクラインの黒歴史?)→コチラ
・クマ野郎(エーザイ)→コチラ
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2017
10.24

ベンゾもたまには役に立つ

Category: ★精神科生活
David Hui, et al. Effect of Lorazepam With Haloperidol vs Haloperidol Alone on Agitated Delirium in Patients With Advanced Cancer Receiving Palliative Care A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2017;318(11):1047-1056.

 緩和ケアを受けている進行がん患者さんのせん妄(過活動タイプ)に対して、ハロペリドール単剤とハロペリドール+ロラゼパムの併用との比較。論文ではハロペリドール2 mgとロラゼパム3 mgを使用しており、結果は併用群の方がより低いRASSとなりました。

 ロラゼパムは代表的なベンゾジアゼピン受容体作動薬でして「え? せん妄にベンゾ?」と思ったかもしれません。確かにベンゾは単剤で使用するとせん妄が悪化したりせん妄そのものの原因の1つとなったりします。大事なのは、ハロペリドールと併用した、というところ。大学病院にレジデントとして労働していた頃は、上の先生から「ルートの取ってある患者さんなら、せん妄にハロペリドールとフルニトラゼパムを混ぜて使うと良いよ」と教えられていました。ハロペリドールの商品名はリントン®もしくはセレネース®で、フルニトラゼパムはロヒプノール®ですね。それぞれ注射液があり、ハロペリドール1Aが5 mg、フルニトラゼパム1Aが2 mgです、たぶん。当時は「ほーん」と思いながらそのまま行なっていましたが、今回のJAMAで「やっぱ効果あるんやなぁ」と納得したのであります(ただし、ロラゼパムをそのままフルニトラゼパムに置き換えても良いのかどうかは不明なのですが)。

 ハロペリドールとフルニトラゼパムという作用機序の異なるものを使うことで、1+1が2ではなく3になったようなものでしょうか。あわせ技一本みたいな。ドパミンを抑えてGABAを賦活して、という感じ? GABAの賦活だけだとせん妄によろしくないこともあるのですが、不思議ですね。せん妄は ”夢うつつ” みたいなもので、そこで様々な不安や恐怖が先鋭化します。治療はもちろん原疾患の解決なのですが、端的に言うと当座として”しっかり覚醒・しっかり睡眠”の2つが方法になります。メリハリが大切、ということ。ベンゾのGABA賦活だけでは ”しっかり” が出てこずモヤッとさせる、ということなのかしら。ベンゾでは俗に言う ”浅い睡眠” が増えますしね。ちょっと短く言い過ぎて誤解を生みそうではありますが、あくまでもイメージ的なものとしてお考えください。

 ただ、ちょっと残念なのは日本にロラゼパムの注射液がない! という点。これは本当にどうしようもないなぁと実感しているのです…。洋書を読んでいると「ロラゼパムを打て」と書いてある部分がとても多いのですが「ねぇんだよなぁ…」と肩を落とします。致し方なくフルニトラゼパムを使用しますが、これは半減期が長い(睡眠・覚醒の切り替えがうまくなされない)のと呼吸抑制の問題が大きいというのがあります。せん妄に対しフルニトラゼパムとレボメプロマジン(ヒルナミン®/レボトミン®)を併用すると明らかにSpO2が落ちるという文献もあるのです(J Clin Psychopharmacol. 2000 Feb;20(1):99-101. PMID: 10653217)。その文献ではハロペリドールとフルニトラゼパムの併用では特に問題はありませんでしたが、身体的に弱っている高齢患者さんだとちょっと心配ですよね。

 なので、大学病院にいた頃のオーダーは

リントン0.5-1A・ロヒプノール0.5-1A・生食100mL
100mL/hrで落とす
寝たらストップ、起きたら再開
呼吸状態モニタリング

 という感じだったように覚えています。患者さんの年齢や身体状態に合わせて1Aとするか0.5Aとするかを考慮。”呼吸状態モニタリング” は入れておくべきでしょう。

 自分としては、ハロペリドール5 mg(1A)でおさまらないようなせん妄に対してさらにハロペリドールで押してもあまりメリットはないように思います。ハロペリドールは錐体外路症状を起こしやすい定型抗精神病薬ですし、注射液だとQT延長のリスクが高いのです。複数のQT延長リスクの薬剤が入っていたら、ちょっと怖いですよね(キノロンとか)。せん妄も根本的な機序が分かっていないので、ドパミン受容体を抑える方法である程度頑張ってうまくいかないのであれば、それ以上ドパミン受容体を駆逐しても効果は乏しいかも。静かになったと思ったら実は錐体外路症状で動けなくなっていた、なんてのは冗談にもなりません。ちょっと他の方法も考えたほうが良いでしょう。昔、外科の先生から「リントン3A落としたけどせん妄おさまりません」と言われることがありましたが、ハロペリドール3A(15 mg)はちょっと怖いと思います。慢性期統合失調症でずっと使用しているならともかく、身体疾患で弱っている患者さんにハロペリドール15 mgは、うーん。その時は確かバルプロ酸のシロップをちょっと入れたらうまく整った記憶があります。確か2 mL(バルプロ酸100 mg)くらいだったかなぁ、使ったのは。せん妄対処の薬剤的引き出しを数多く持っていると、精神科医っぽく見られます(精神科医なんですけどね)。もちろんほとんどが経験的なものではありますが、上の先生にちょっとしたコツなどを教えてもらうといざという時に役立ちます。

 ベンゾは”使いよう”だと思います。不安や不眠にだらだらと使うのであれば不適切ではありますが、ここぞという時にスッと使うと大きな威力を発揮してくれます。ベンゾを出すから悪い医者、という単純なことでは決してありませんよ。もちろん、ここぞという時に処方する時も、こちらの祈りにも似た精神療法をベンゾに乗せていく必要はあります。”うまく使う”というのは、漫然と処方する立場やベンゾを絶対に出さないという立場からは決して見えてはこないのでしょう。自分も出す時は出しますし、飲む時は飲みます。

 自分はせん妄に対し「ハロペリドールは1Aまで」というマイルールがあり、使うならフルニトラゼパムと併用して少しでもハロペリドールの投与量を少なくしようとしています。予防には文献的にも経験的にもラメルテオン(ロゼレム®)やスボレキサント(ベルソムラ®)が良いですね。特にスボレキサントはラメルテオンよりも優れている印象ですが、ガチンコ対決の論文が出ると面白いかも。漢方では酸棗仁湯が好きです。軽いせん妄ならこれにしており、抑肝散はあまり使わないかな?

 いずれにしても、なかなか改善しないせん妄は精神科医のウデの見せ所でもあります。でも忘れちゃいけないのは、基本は原疾患の治療ということ。原疾患が良くなって患者さんもうまく覚醒と睡眠のバランスが取れてくると、せん妄は改善します。精神科医の役割はそれまでの”つなぎ”ですよ。決して精神科医が”なおす”ものではありませんので誤解なきよう…。そこは色んな科や看護師さんに勘違いされているので、苦しいところでございます。。。
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2017
10.20

死に様は生き様でもある

Category: ★本のお話
 小澤竹俊先生の『死を前にした人に あなたは何ができますか?』を読みました。

 内容としては、とても良い本だと思います。医療職は亡くなっていく患者さんに対しどんな声掛け、どんな対処をしていけば分からなくなり、どうしても無力感に打ちひしがれます。でもこの本には患者さんのどこに注目していけば良いかというのがある程度パッケージされて示されています(”支えを見つける9つの視点”とそれを用いた”事例検討シート”)。そのパッケージも、前提としてきちんと信頼関係をつくるところ、すなわち患者さんの話を逃げずに聞くところから始めようとも書かれており、しかも分かりやすいですね。すべての苦しみに答えられるわけではない、と強調しているのも医療者には救いになるのではないでしょうか。「何とかして答えなきゃ!」と切羽詰まる人も多いので、答えられない苦しみだってあるんだよと指摘してくれるのは助かります。

 もちろん、本の内容すべてに賛成というわけではありません。例えばコラム3にある”人は赤ん坊に戻っていく”という考えに自分は否定的です。でもその考えで患者さんが少しでも安心して納得できるのであれば、それは適切なのでしょうね。

 そして個人的に注意したいのは、この本に限らないのですが、多くの終末期ケアの本は理想の臨終に少しとらわれすぎているかもしれない、という点。もちろん理想を目指しはします。理想なんてくだらないというつもりはさらさら無くて、理想に到達しようとする努力が現実をより良くしてくれるとも思います。でも、理想と思うような最期にならなくても、医療者は自分自身を責めてはいけない、そう考えているのです。その記載はあっても良いのではないでしょうか。

 今度の四国の講義でもそのお話を(時間が余ったら)するつもりなのですが、講義スライドからポイントを挙げると

・人の死に様は生き様を映す
・どう生きてきたかが、どう死んでいくかにつながる
・死は生の対極ではなく、生の集大成である

 ということなのだと思います。個人の生(小さな生)は千差万別であり、個人の死(小さな死)も同じく千差万別だ、ということ。

 医療者はハッピーな死を理想とし、そうならないことは失敗・自分の責任と考えてしまいます。例えばそれは、みんなに囲まれて穏やかに死んでいく、というものでしょう。しかし、同じ死というものはありません。病気を受け入れて穏やかに幕を閉じるのもひとつの死であり、あくまでも最後まで病気と戦って悔しがりながら散るのもひとつの死だと自分は思います。理想形を目指しはしますが、そうならなかったからと言って失敗ではありません。それぞれの “死=生” を医療者が受け入れる覚悟も大事なのではないでしょうか。

 また、打つ手がなくなると、医療者の介入も少なくなっていきます。それを患者さんもご家族も感じ取り、彼らは取り残された感覚に陥るでしょう。そこをしっかりケアしていくことも大切。患者さんのみならずご家族への目配りも欠かせませんね。

 最後に、少し前に別のところに書いた文を載せておきます。


★最期の文脈はその人らしく★

 物事の意味は、その物事単独では決まりません。“文脈”“行間”とも表現される全体性によって部分の意味が変わりますし、その部分の意味により全体性も影響を受けます。「バカ」という言葉は“罵る”“皮肉る”はたまた“甘える”などなど、状況によって意味は変わりますし、その言葉が発せられた後は雰囲気もちょっと変わるでしょう。また、「晴れているね」という台詞は、「晴れているから外に出かけよう」「日光が部屋に入ってくるように他の部屋のカーテンを開けて」などの意味になることもあるでしょうし、それによって周囲にもたらす影響も変わります。

 “あわい”という文脈性はとても動的であり、それは生と死という緊張をはらんだ事態で特に強く意識されます。例えば、がんに冒されあと半年の生命と判明。この半年も、文脈によって意味が変わるでしょう。私は、半年を患者さんに精一杯生きてもらい、そして精一杯死に向かってほしいと思います。死は人それぞれであり、「受容しなければならない」という意見は鋳型にその人の歴史をはめるような行為。生き様は死に様でもあり、死に様は生き様でもあります。手塚治虫は最期まで「仕事をさせてくれ」といいながら亡くなりましたが、まさに手塚治虫らしい人生を貫いたと思います。患者さんが患者さんらしく生きて死んでいくことができるのなら、それが壮絶なものであっても、後悔があっても、それで良いのかもしれません。しかし、それができなければ、死に至る病としての絶望となることもあるでしょう。医療者は前者の意味になるように、患者さんやご家族をサポートしていく存在。

 死ぬ場所もそうです。医療者は「在宅で死ぬことが最も良い」と盲目的に考えがちですが、それは患者さんやご家族によって異なりますし、同じ患者さんでも時期や状態によって変わります。死の臨床ではハッピーエンドを求める本や教科書が多いのですが、決してそうはなりませんし、分岐点を進んだらまた分岐点にぶつかる、常に迷い考えるもの。画一的な「死は受け入れるもの」「家族みんなに見守られて悔いなく死ぬのが一番」という模範解答は存在しないのではないか、と私は思います。

 抗がん剤で生命予後が数ヶ月延長されることも、同じように文脈依存性の意味を持つのです。「たった数ヶ月で何の意味があるのか」と一笑に付すのは思考停止を招きます。その数ヶ月にどんな意味を込めるか、数ヶ月を患者さんらしく生きて死んでいく期間にできるか、それによって数ヶ月の重みはまったく異なってきます。

 文脈を破棄してしまうと、“胃ろう=悪”、“延命=悪”、“在宅で死ぬ=善”などといった単純な考えが出現します。はっきりしていて分かりやすいものの、そのように発言するのは、生や死と真剣に向き合っていないことを露呈しているでしょう。臨床は判断が“あわい”の文脈によって変化します。そこを考え続けることが医療の大きな仕事なのだと思います。

 私たちの周りは、“事象”で溢れています。それは無・意味でもなく有・意味でもなく“非・意味”なのかもしれません。普段接している意味はとても恣意的であり、文脈によって私たちが付けたもの。それはすなわち、文脈を変化させることで、新しい意味が与えられ、絶望を希望に、そしてその逆もできてしまうことになるでしょう。 
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2017
10.12

人生三度目の四国

 現在、今月下旬に行なう予定の看護師さん向け講義の準備に情熱?を注いでいます。前にも記事にしましたが、四国に出張してですね、一般病棟における精神症状への対応みたいなお題で5時間くらい話すこととなっています。しかし,自分に講義依頼をするなんてずいぶんと奇特な人がいるものだなぁと…。講演会はもっぱら漢方のお話で依頼をいただくことが多いのですが、どこがどうなると看護師さん向けの精神科講義に結びつくのか。でも何かの縁と思って、ありがたくお話をさせてもらおうと思います。

 ただ、残念ながら自分の声はお話向きではなくてですね。声が低いのと慢性副鼻腔炎+アレルギー性鼻炎でよく声が通らないのとで、極めて雑音に近い音声なんです。電車の中で人と話をしていても、その他の音に紛れてしまって聞き直されることがしばしば。自分でも何を言っているのか聞こえない時があるくらい(やばい)。でも何とか頑張ろう…。

 さてそんな講義ですが、医者が相手であれば病態メカニズムや治療薬のエビデンスなどを中心にするものの、5時間という限られた中である程度の広さのお話を看護師さんにするとなると、そういうところは少なめにします。どうすれば”無難”な看護ができるか、少なくともマイナスにはなりづらいような看護ができるか、をお伝えできればなぁと。

 患者さんをケアする、とひとことで言っても、ケアは人と人とのあいだで成り立つものです。いくらこちらが「ケアしたぞ!」と思っても、相手が「ケアされた」と思わなければ、そのケアはケアでないのです。空を切るならまだしも、それが患者さんに対して暴力的になることすらあります。もちろん、共感なんてのもそうですね。”善い行ない”というのは、相手にとって良いだろうとこちらがすでに思ってしまっているところがクセモノなのです。関係性というのをしっかりと意識することが看護には欠かせません。そんなお話をしつつ、各精神疾患を患者さんの必死の適応行動としてとらえて呈示してみようと考えております。教科書的な説明は一般的な教科書に任せておけば良いので、それを繰り返すようなら講義の価値は半減でしょう。せっかく聞いてもらうからには少し異なる視点も大事だよということで。

 その講義で看護師さんへの推薦図書もスライドに挙げています。5時間の講義だけではなかなか伝わりきれないので、そこはお勉強してもらおうと。中井久夫先生の『看護のための精神医学』『こんなとき私はどうしてきたか』、春日武彦先生の『援助者必携 はじめての精神科』、小澤勲先生の『認知症とは何か』『ケアってなんだろう』などは本当に役立つので、講義の中で推薦する予定。

 そのスライドは最終調整の段階で、約680枚になりました。大体1時間に100枚ちょっとのスライドをいつも使っているので、ちょうどいい感じ。自分のスライドは字が大きいので、たくさん枚数を使うんですよね…。細かい字を見ていると頭が痛くなるし、講義を聴く人も寝てしまうでしょう。

 そして、最後に危惧しているのが咽頭炎。もともと大きなイベントの後は咽頭炎になることが多く、今回は喋りどおしということもあり、リスク大。いちおう龍角散ダイレクトを持って行きますが…。11月初旬には京都でてんかん学会があるので、できれば体調をこれ以上悪化させたくないのでございます。
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2017
10.06

ラッキーを待つ?

Category: ★精神科生活
 患者さんを診ていると

「僥倖っ…! なんという僥倖…!」

 と実感するようなイベントが起きます。これがなかったら今頃まだ状態が変わっていなかったろうなと思うこともあり、ハプニングは転機となりえます。例えば…

 不安を伴ううつ病で治療中の患者さん。休職をしていてそろそろ動き出す時かな? と思い、患者さんに”今が動き出すタイミング”とあの手この手で伝えるも、自信がなくその一歩がなかなか出てきませんでした。そんな時、お友達から強引に旅行に誘われて断りきれずに行くという事態に。その旅行後、患者さんから「思ったより私って動けたんですね。すごく楽しかったです」と。そこからの回復はスムーズで、復職プログラムも無事にこなして復帰しました。

 これまたうつ病で会社に行けなくなってしまった患者さん。ちょっと長期になってしまい、患者さんは「何か背中を押してくれるようなことがあれば…」と苦笑交じりに。こちらとしてもひと押しほしいなぁと悩んでいたところ、その会社の社長さんから「週に1回、私との面談がてら出社すること」との言あり。その患者さんは立場が上の社員さんで、社長とよくお話をしていたのでした。こちらも「その蜘蛛の糸はしっかり掴んでいきましょう」とお勧めして、患者さんも「社長命令なので、これがひと押しですかね」と。その後は復職が可能になりました。

 こんな患者さんの例は結構あります。下準備が整ってさあどうぞ! とこちらは思っていて外来でもお話ししますが、どうにも一歩が出ないという患者さんはいます。そういう時にこちらが強引に出てしまったり焦ったりするとよろしくないので、少し腰を据えて取り組むようにするのですが、そのさなかに上述のような出来事が生じるのです。そこから折れ線のように患者さんは良くなっていく、なんてことがあります。患者さんを捉えていた何者かの腕が脱臼して外れる、そんなイメージがあります。

 意欲というのは、行動を繰り返して繰り返して、その果てに出て来るもの。身体が重くてやる気が起きない時や不安が強くて大変な時などに動くのは本当に苦しいのですが、そこを突破するのが大切で、そこを外来でどう伝えるか。もちろん向精神薬を必要な時は使いますが、使っても”あと一歩”が届かないことだってあります。こういう時、必要なことをしつつじっと耐えているとまさに僥倖がやってくるのです。

 物理っぽく表現すると、静止摩擦力は動摩擦力よりも大きい、ということかもしれません。物体は動き出すまでに力をより大きく必要とし、動き出してからはそこまでの力が不要になります。高校で物理を選択していた患者さんにはこの例えをすることがあるものの、自分は生物選択(しかもIBだけね)だったのでそれ以上色々と聞かれるとお手上げになってしまいますが…。診療でも、静止摩擦力を上回る力が必要とされます。あの手この手で医者は力をかけて、患者さんが動き出すその最後の力が上述の僥倖なのかしらん。

 「なんだお前、ラッキーに頼ってるのかよ…」と思われても仕方がないのですが、ちょっと視点を変えてみると、その偶然に起きたイベントを患者さんが動く必然、あえて言うなれば確約された僥倖、にするのが医者の仕事の一部なのかも? とも考えられます。医者が外来であまり働きかけないでいると、イベントが起きても静止摩擦力を上回らないのでしょう。そのイベントを最後のひと押しにするまでの基盤を整えるのも大事なのかなと。

 精神療法のうまい先生は、自分であればスルーしてしまうような小さなイベントをも僥倖にしてしまうのかもしれませんし、その僥倖を意図的に起こすことが出来るのかもしれません。もちろん、イベントをほとんど必要としない先生もいらっしゃるでしょう。

 自分で出来るだけのことをして、どんな小さな出来事でも無駄にせず嗅覚鋭くとらえてプラスに持っていく。こんな風に診療が進んでいければなーと思っておりますが、まだまだ道半ばでございます。
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